第252話


 イラーザは軽装だ。大きめのチュニックにベルトをして、杖を持ち、いつものアイテムバックを肩にかけている。たすき掛けだ。彼女の場合何の問題もない。


 アリアーデも軽装だ。襟の付いたシャツに、革のベスト。ズボンにポーチと剣帯を巻き、ブーツといういう出立だ。凛々しい。



 少し屈んで鼻を効かせていたウーチャが、俺たちの方を向く。

「…まずいな、狸ザハンマーに後を尾けられてるな」


「狸ザハンマー?」

 ふざけた名前だ。俺は呑気な声で尋ねる。


 俺に余裕があるのは、事が発覚した時にショートリザーブを刻んでおいたからだ。


 それ以前に、事が起きていればアウトではあるが、それ以前ならやり直しが効く。

 場所を確認してから時間を戻して、ストップをかけて走れば間に合う可能性がある。今、無駄に慌てる必要は無い。


 それに、俺は感心していたんだ。この、漫画のような展開に。


 俺に、多少懐いているのは知っていたし、保護者他の説得も受けたけど、彼がそこまで本気で一緒に旅立ちたがっていたとは思わなかった。


 周りに乗せられて語ってるんじゃないかと疑っていた。子供ってそんなトコあるでしょ。



 常識に則り、責任に怯えて断ったが、嬉しくなかったわけじゃない。


 彼は考え、修行し、旅立ちの準備を始めていたという。

 それを、今が試す時と思って出発したんだ。カッコいい。


 男の子が鍛えたというのだ。その成果に少しは期待したい。



 ライムは賢い子だし、良いブレーキになるだろう。

 俺は、なんか、幼馴染みたいなのに憧れがある。俺の生涯では、仲の良い連れはいなかったけど。二人がそんな感じなんじゃないかと思っていた。


 彼らが無事に戻って来られるなら。それを達成できる実力があったなら。少しは考え直しても良いだろう。



 ウーチャが、少し険しい顔つきで俺を見た。


「狸ザハンマーは、結構難しいモンスターなんだ。これはどうやら、ガーたちを追っているようだぞ」


「ウーチャ、鼻も効くんだ?」

 ウサギなのに…。


「そうだな、人よりはずっと。あっ!」


 ウーチャが前方を向いて耳を動かす。後ろから見るウサ耳姿。太い猪首、張ったエラには髭跡がびっしり見える。全然かわいくない。


「狸ザハンマーがこっちに向かって来る。ガーはまいたのか…二匹だな」



「私に、任せてもらおう」


 アリアーデが、前に出て剣を抜いた。


「俺が片付けるよ?」

「最近は稽古をしておらん。腕がなまる。任せてくれ」



 イラーザが、大丈夫ですか的な顔を向けるので、俺は頷く。そういえばイラーザは、アリアーデが剣を振るうのを見るのは初めてなのか。


 俺の説明、気高いだけだったしな。

 俺とイラーザが下がると、ウーチャがそれに倣う。


「残念ですね。兄さんの噂の実力を拝めるかと…」


 ガーの奴は、村人に俺の事をどんだけ言ったんだろうか。


 何しろ、皆の俺を見る目が妙に優しくフレンドリーだ。

 俺のように、疑り深い小心者じゃなければ、本気で友達になれたと思い込んでしまっていただろう。


 あれだな。ロープレでいうと、何年も前から村の麓の湖に巣くっていて、度々村に厄災を振りまいていた憎き魔獣を討伐した後の勇者扱いだ。


 まるでそんな事はしていないので不審に思う。

 一体どういう事なのか?

 村の子が一人入ってるのに、村の捜索隊は無しでいいって意見も、二つ返事でおkだったしね。



 ウーチャが示した方向から、少しずつ俺たちの耳にも足音が聞こえて来る。前方で草木が揺れるが姿は見えない。


 藪を割って、一匹目が飛び出してきた。

 狸ザハンマー。俺は見た事のないモンスターだった。


 狸ザハンマーは、アリアーデの手前で、前足を地面にめり込ませブレーキをかけた。

 前足を軸にして体を反転させた。土砂が飛び散る。


 方向転換して逃げるのかと思ったら、大きな尻尾が遅れて出て来る。

 思ったより旋回の範囲が広い。まるで攻撃部が伸びて来るようだ。実際伸びてるかもしれない。

 その動きを見て感じた。これは大分重そうだ。


 狸ザハンマー。多分、あの大きな尻尾がハンマーというのだろう。剣で受けたらまずいんじゃないか。これはイラーザに焼いて貰った方が…。


 アリアーデは、迫り来るハンマーを難なく跳んでかわし、縄跳びでもするように、剣を片手で回転させた。


 真円率の高い、彼女の剣の軌跡は狸ザハンマーの尾の付け根を通った。


 剣速が最大の時に獲物と交わる。俺にはそれが見えた。

 軽く流麗な動きに見えるが、緻密に計算された動きだった。それが、決して軽くなかった事は衝突音でわかった。


 ゴギイーーン!


 重い金属同士が当たるような、強い音が樹間で響いた。


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