第250話

*鑑定の祠



「ひょふう…」


 妙な声を出したライムは、地面に突っ伏した。顔を草に埋めたまま泣き言をいう。


「ガー、諦めようよ。こんなの、命がいくつあっても足りないよ」


「ライムは、入り口を入った所辺りに隠れてるといいよ。

 階段にはね、モンスターは出ないって話なんだ」


「ねえ…やめようよ、ガー。わたし、お願いするから。トキオさんにもう一度、村に来るよう、お願いするから」


「トキオは、ライムだって置いて行くつもりらしいよ」




 緑に覆われた三角形に、ぽっかりと開いた真っ黒な口は、見ようによっては人の顔にも見えた。


 二人は恐る恐る真っ暗な穴の中を覗く。奥の奥まで階段が続いていた。何やら湿気に富んだ冷たい風が吹き上げて来る。


 風がスカートを揺らし、足の間を吹き抜けていく。この格好では寒いかもしれない。そう感じていたライムの首に水滴が落ちて来た。


 びくりとはしたが彼女は声を上げなかった。

 様子を見ていたガーが、静かに問いかける。


「行く?」

「行くわよ!」


 階段も入り口辺りは、苔むして緑に覆われていたが十も階段を降りれば、植物の浸食は止んでいた。


 祠の壁は石を積み合わせて作られたものだった。正確な切断面だが、年月による風化が進み、一部にずれがあり、欠損もあった。



 ライムは、俄然やる気を出していた。急激にガーの気持ちがわかった。


 そんなの仲間外れだと思った。なにか泣きたい気持ちになっていた。知らない内に仲間だと思っていたようだ。


 彼らの仲間でいたいのだ。痛切に思った。あの時は家族を選んだけど、それとこれは違う。

 彼らに、特にイラーザに何かあった時には、全てを放り出して駆けつける自信があった。


 嘘じゃない。大声で言い張れる自信があった。


 それなのに子供だからという理由で置いて行くなんて。それはそうだ。ガーの言う通りだ。覚悟を見せてやらなきゃいけない。冒険する理由になっている。



 二人は延々と続く階段を降りていた。息を飲む。


 信じられない構造だった。百段くらいに一度踊り場のような場所があるだけで、後は延々と斜めに真っすぐ下って行く。



 普通の建物の階段のような方向転換はない。ただ、ひたすら真っすぐ降りて行くのだ。


 地下方向に深度を下げて行くのもそうだが、水平方向の移動も相当なものだ。

 この祠は、天井に当たる部分がぼんやりと光っていて、足元は見える。これは彼らがいる辺りだけが光るもので、遠ざかれば消えて行くのだ。


 まるで誰かに案内されているようで、ライムの不安を少し駆り立てた。



「ねえ、あなたは来たことはないのよね?」

「うん、禁じられてたから」


「一体…どこまで続くのかしら」


 ライムは疲れを感じていた。ロープにぶら下がったり、階段をひたすら降りて、膝が震えてくるような疲れだけではなかった。


 ここにいるだけで、何か生気が抜かれて行くような気がしていた。



「モンスターは出ないのよね?」


「さっきも言った通り、弱い奴は入って来ないけど、強いのはいるらしいんだ」


 聞いたライムは眉を顰める。

「…それ、出会ったら終わりだね」


「階段には出ないって…」


「それはかくじつ?」

「わからないよ…僕は話を聞いただけなんだ。

 噂だと、中は真っ暗だって聞いてた。こんな明りがあるなんて聞いてなかった」



 先程まで堂々としていたガーも、年齢なり頼りなさを表に出しつつあった。


「そうなんだ」

 ライムは天井を見上げる。部分ではなく天井の一面がぼんやり柔らかい光を放っている。


「ライムはさ、鑑定の儀っていうの。もう受けてるんでしょ。やっぱり、上で待ってた方がいいんじゃない?」


「…わたしも絶対に置いてかれたくない。

 姉さまが言っていたの。なんかの数値が上げ下げして、それが良くなった所で才が現れるんだって。だから、鑑定の儀はね、一回だけって決めるのはおかしいのよ」


「そう…なんだ」


「それに…」


 ライムはもう一つ思い出していた。ファナに言われたことだ。自分はそれで収まらないと誰か偉い人が言ったのだと。



 二人は、ただひたすらに階段を降りて行く。


 なんて事はない。全然平気だ。彼らも気力が充実しているころはそう思っていたが、いつまでも続く階段に恐れをなし始める。


 降りる度に温度が下がっていく。湿度があがり、空気が重みをもち纏わりついてくようだった。


 あり得ない程続く階段に翻弄されていた。



 薄暗い環境に慣れつつあったが、時折、目の前が真っ暗になって何も見えなくなってしまった感覚に囚われる。

 ここはどこなのか。自分は何をしているのか。上に向かっているのか下がっているのか。


 振り返ると見渡せる範囲は狭い。自らが降りて来たはずの階段も見えなくなっている。

 本当にこれは地表に続いているのか。延々と同じところを歩かされている気がして来る。


 時間の感覚も失われてくる。外はまだ明るいのか。もう夜なのか。



 彼らはその都度、お互いを見やり、目的を思い出し先に進んだ。ここは地下だ。地面深くに潜っている。祠にたどり着くために階段を降りている。




「少し休もうか」


 ライムは縦長の踊り場で壁を背にして座る。

 隣に座ったガーは鞄から水筒を出した。


「はい」

「いらない」


 ライムは、彼が用意したものに手をつけたくなかった。勝手についてきたのだ。


「飲みなよ。いざという時のために余分に持って来てるんだ」


「いらない」

「僕たち、仲間になるんだよね?」


「…あなたが、たどりつけなくなるわよ」

「もう、ライムを置いてまで先に行こうとは思わないよ」



「…そう、じゃあ、わたしも置いて行かない」


 ライムは水筒を受け取り、水を飲んだ。それは何故かとても美味しかった。身体中に染みわたっていく気がした。



 ガーが笑顔になっているのを見つけて、上から見られた気がしたライムは意地悪を言う。


「なによ。女の子みたいな顔のくせに」

「ライムより、かわいいかな?」


「なに、こいつムカつく!」


 その時、階下の暗闇から物音がした。ライムにはそれが、小さな物音だったのか遠くの物音だかわからなかった。


 その問いにガーは答えた。

「すごく、遠い所で出た大きな音だ」


 二人は地の底に続いて行くような暗闇の階段の先を見渡す。見えるのは十五メートル先くらいまでだ。その先はまるで何もないかのような暗闇だ。


 この先に、何か音を立てた物が存在する。それを感じようとライムは闇を探る。

 彼女の身体は微かに、何かを感じた。


「わたし…なにかわかる気がする」

「え?」


「大丈夫…まだ大分遠い。行ってみよう」



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