第247話


*森



 ライムが行こうと決めた途端に、彼女が穏やかに感じていた森は姿を変える。


 音だけ。急に音が聞こえるようになった。

 風が起こす木々の騒めきと、どこからか動物が鳴く声。ライムは辺りを見回す。森が自分たちを見ているように感じ、少し緊張する。



 ガーは、彼女の言葉を聞いたあと、少し立ち尽くしていたのだが歩みだした。


 ライムも臆する事なく歩き出す。新たな相棒となった生木の棒を肩に担ぎ、少し膝を高く上げ、勇ましくガーの後を追った。


 ガーはその様子を伺い、考えていた。この先、少し進む分には危険はない。この辺りの危険なモンスターは大人が狩り尽くしているからだ。


 小さなモンスターでも現れれば、彼女はきっと引き返すだろう。それまでだ。




 ガーは、暫くは道に出ず、森の中を歩く。すぐに道に出たら立番の大人に見つかってしまう。意地を張り合った二人は無言のまま歩き進んだ。


 二人分の、葉や小枝を踏み折る音だけが森に響いていた。


 もう道に出ても大丈夫だろう。ガーがそう思った所で、きらりと光る糸が見える。

 蜘蛛の巣だ。ガーは上手く潜り、わざとそれを残した。



 彼の思い通り、蜘蛛の巣はライムの顔に引っ掛かった。

『○☆▽☆××~!』


 ライムは激烈に身もだえて蜘蛛の巣を振り払う。

 勿論、ガーは意地の悪い気持ちでやったわけではない。


 ライムはこれで泣き出して、引き返してくれると思ったのだ。


 だが、ライムは声すら出さなかった。

 声も出なかったのかも知れないが、ガーには彼女が耐えたように映った。


 邪魔はしない。彼女が、そんな心を持って付いて来ている気がした。


 次の蜘蛛の巣を発見したガーは、小枝で払った。



 二人は道に出る。道といっても砂利を撒いたりしているわけではない。あまり馬車も通らないので、整備してもすぐに草が生えて来る。それでも森の中よりは遥かに歩きやすかった。


 その辺りは若木が多く、道にも充分日光が届いていた。背の高い女の子と一回り小さな男の子が、ほんの少しだけ離れて歩いている。


 なにか微笑ましい風景がそこにあった。



 心が軟化していたガーは、気になっていたことを彼女に聞いてみる。

「そう言えばライム。さっきどうやって僕をつけてたの?」


「近付かないようにしてたのよ。きょりを置いて、なるべく遠くから見てたんだ」

「…そんな単純なことで。気付かなかったよ」


「ふっふっふ、お姉さんをなめちゃだめよ」

 ライムは自慢げに背を逸らす。


「ライムお姉さん。もう、そろそろ引き返した方が良いよ。この先くらいから、本当の村の外だ。怖いっていうなら送ってあげるよ?」


 ライムお姉さん。

 彼女は、いつかそれをガーに言わせてやろうと思っていた。簡単に言われ、少しムッとする。


「ガーこそ、もう怖くなったんじゃないの。引き返す?」

 ライムは言ってから失敗したと思った。

 逆でしょ。あおってどうするの。


「怖いわけないよね、一人で行こうと思ったんだもの。ガーは強いもんね。平気だよね?」


 ちぐはぐな事を言いだすライムの心情を、ガーは見切っていた。残念ながら、彼の方が大分大人だった。



 ガーは立ち止る。彼のいう、村の外に到達したのだ。警戒レベルを上げる。


 この辺りで何か出てくれないと困る。彼はそう思っていた。そろそろライムを帰さないといけなかった。


 彼の犬耳が動き音を探る。


「かっわいい…」


 ガーは手を向けてライムの言葉を止めた。何か聞こえるのだ。



 最初は、小さな物が出している音に聞こえた。だが、音の発生源が、わりと遠いことに気付く。


 彼は振り返る。それは村の方から聞こえていた。それが小物でない事に気が付いた。

 ガーの耳は集中すれば、普通の人間の何十倍もの小さな音を聞きとれる。木の葉を踏む音と、シューシューと独特の音が彼の耳には聞こえていた。


 ガーの頭に、想像されるモンスターの鼻先が浮かんできた。


 鼻が少し長くて尖っているモンスターだ。これは彼らが獲物の匂いを嗅ぐ音だ。小さな鼻孔に空気を集めている時に鼻が少し鳴ってしまうのだ。


 彼の頭の中には、鼻先から始まって全体像が姿を現した。狸ザハンマーである。

 体長二メートル。狸の巨大な尻尾には骨のような重いものが詰まっていて。身体を回してそれで薙いで来る。


 その打撃を食らってしまうと、大人の男でも一瞬で両足の骨を叩き折られ転倒してしまう。

 攻撃の主体はそれだ。細くとがった鼻の下にある口にはそれ程の攻撃力はない。


 だが彼らは、恐るべきジャイアントキラーだった。

 彼らの尾に弱点はない。それを盾として振り回してくるので、相手しづらい。強力な攻撃力を持つ獣でも、足をすくわれてしまうのだ。


 群れで攻め、大物を狩って小さな口でちぎって食べるのが彼らのやり方だ。

 ガーは、その狸ザハンマーの群れが自分たちを追って来ていることに気付いた。

 村の方角からだった。


 彼らは村に引き返すことはできなくなった。



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