第246話

*獣人の村



「え…」

 ガーは、心外そうな目をライムに向ける。


 彼は、今の話を聞けば彼女は絶対納得してくれる。そう思っていたようだ。


 ライムが続ける。

「別にトキオさんに感謝するのはいいよ。でもね、そこに運命を感じちゃダメでしょ。彼はとてつもなく強いのよ。彼にしてみたら大したことじゃないの」


「そうかも…知れないね」

「ね、だから帰ろう」


「彼に大した事がなくても、僕には大切な事だった」



 ライムは深呼吸した。一度ガーから視線を外し、地面を見た。

 日陰に適応した植物が、頼りない姿で、落ち葉の隙間から顔を出している。



 ライムは意を決したように向き直り、大きく口を開いた。


「…でもね、誰かになりたいなんて間違ってる。

 それに…彼にはなれないよ、誰だって!」


「そう思うよ」



「え…なら」

「だから僕は、彼のそばで生きたいんだ」


「……」


 ライムは返す言葉に詰まってしまった。



 彼の言葉に、決定的な弱点を見つけたと思っていたのに、落ち着き払って返されてしまったのだ。

 少年の純朴な心を傷つけてしまうかも知れないけど。そう思ってまで放った言葉なのに。


「きっと役に立てると思ってる。僕は耳も鼻も君らより利く。

 それにライム、僕は命を懸けようとしてるわけじゃない。一人で行って帰って来られる、自信があるんだよ」



 ライムは、相手が子供だと思って話すのをやめる。明らかに上手だ。

「…わかったよ。ガーが本気だってことは」



 ライムは向き合って真剣な目を向ける。この際彼女は、それが可能性の高いものなら行かせても良いと考えた。


「それはどのくらい成功するの?うそは言わないで」

「…半々ぐらいだと思う」


「そんなの!」

 ライムは成功率が七割ぐらいでも反対する気だった。

 それが五割なんてあり得ない!五割って半分だよ。わかってるの?


「お願いだ、ライム。邪魔しないで欲しい。見なかったことにして」



 ガーは鞄を拾い、肩にかけ、下草を踏んで歩きだした。

 ライムに背を向け、歩き出して行く。


「ギルドの偉い人の、ギーガンさんが言ってたわ。冒険する冒険者は三流だって!」


 ガーは後姿のままに足を止める。樹間を抜けた小さな木漏れ日が、彼の背中を照らしていた。


「それは…嘘だと思う。誰だって一度や二度は無茶してるはずだ。

 僕は今日…冒険をする」



 人が近寄らない、魔獣が現れる森だ。こんな所で命をかける事はない。

 それ以上行くなら大声出すわ。


 ライムは、それが言えなかった。



 ライムに向けた彼の横顔には、それだけの覚悟と迫力があったからだ。


 木漏れ日が彼の瞳を通り抜け、その藍色を引き立てていた。


 彼女が思っていた、妹みたいにかわいい弟分の顔ではなかった。

 それで声が出なかった。もっと真剣に向き合わないと答えは出せそうになかった。



 だが、このままだと彼は半分の確率で失敗する。大怪我をするのか、逃げ帰って来るのか。それとも、半分の確率で死んでしまうのか。


 半分……。


 ライムは思う。

 二粒の木の実を食べて、片方に虫食いがあり、苦い味がする確率だ。


 飢えてでもいない限り、ライムは賭けには出ない。口に入れないだろう。



 絶対に行かせるわけにいかない。年下で、自分より大人でも、このまま行かせるわけにはいかない。


 でも、邪魔も出来ない。その覚悟が彼女にはなかった。

 だから彼女は言った。


「じゃあ、わたしもついて行く」



 ライムは先程、ガーが折った木を手に取り、倒木に立て掛け直すと足を乗せ、体重をかけた。ぽきりと、格好よく折るつもりだった。


 だがその細木は思ったより頑丈だった。全体重をかけ踏ん張ったが折れず、何度か飛び跳ねてやっとのことで折った。



 ガーは、ライムの言葉に驚き振り返った姿勢のまま、それを眺めていた。

 顔を真っ赤にして肩を揺らす程、息を上げたライムが横に並ぶ。


「生き物を無駄にしちゃダメなんだよ。

 これで、わたしの武器になったから大丈夫だけど。

 じゃあ行くわよ」


「ライム…君は何を言って…」


「いやなら、引き返して!」



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