第244話



*獣人の村


 木の板を連ねた屋根の上で小鳥が戯れている。その隣に、一回り小さな建物があった。


「だーれだ?」

「ライム」


「なんだーつまらないな。お姉さんに後ろから抱きつかれたら、普通もう少しドギマギするものよ?」


 ガーは、自宅の物置小屋の前でしゃがんで鞄に何かを詰めていた。そこに後ろからライムが忍び寄って目隠ししたのだ。


「近よって来る時から、ライムだってわかってたよ」

「ちぇー」


「ガーは広場に来ないで、一人で何してるの?」

「なんでもないよ」


「わたしわかるもん。旅立ちの準備でしょ。一緒に来られることになったのね?」

「…………」


 何も答えないガーの様子を不審に思い、ライムは横から首を伸ばして覗う。

 そしてハッとする。


 口を強く引き結び、悔しそうな表情をしているガーの大きな瞳が、少し潤んでいたからだ。

 いけない物を見てしまった。そう思ったライムは気付かぬ素振りで彼から離れた。


 踊り出したくもないのにくるりと回る。


 ライムは思った。

 だめだったんだ。

 きっとトキオさんにはっきり断られたのだろう。あの人、そういうトコある。


 背中越しにガーを見ると、尻尾が地面に垂れている。

 それを見たライムも悲しくなった。

 そして思った。じゃあ、何の準備をしているのだろう。


 ライムがお姉さんぶっていても、彼と歳は一つしか変わらなかった。気の利いた言葉も出そうもないので彼女は走り出した。


「じゃあ、向こうで待ってるね!」


 必至で考えていて、駆けだした時に不意に出た言葉だが、なかなか良かった。ライムは一人で納得する。



 ガーは、ライムが立ち去ったのを、振り返って確認すると家に入った。両親は出かけている。彼はこのタイミングを狙っていた。

 手早く水筒と食料を鞄に収める。昨夜のうちに軽く用意していたのだ。



 改めて部屋を見渡し、使えるものを探した。彼は冒険者に奴隷として連れ回されていたので普通の子供が経験していないことを知っている。最近覚えた知識もあった。


 彼が今、向かおうとしている目的地はそれ程遠くはないが、冒険者は不測の事態を考えて準備するものだ。彼もそれに倣い荷物を用意した。


 戸をこっそり開け、誰もいないか確認すると、彼は村の外へ向かった。


 この村の掟で十二歳以下の子供は、保護者なしに村の外に出てはいけないとされている。

 彼はまだ十歳だった。



 ガーの狙った通り、今日は人気が少ない。

 昨夜宴席が設けられて、無茶した村民は家で寝ているのだ。それでも村の門には戦士が立番に立っている。


 ガーは村の正面から出ようとは思っていなかった。

 ぐるりと縦杭で囲まれた村だが、木が朽ちて隙間が空いてる所がある。大人は通れないが、ガーの大きさならするりと通り抜けられる。



 鞄を先に、塀の向こうに出しておいて、ガーは後から隙間を通り抜けた。


 手に付いた朽木を払っていると、隙間からライムが顔を覗かせた。笑顔を見せ、狭い隙間に身体を通そうとする。


「ちょっと、ガー。黙って見てないで引っ張ってー」


 ガーは、隙間にはさまれて苦しそうにしてる様を見て、言われるままに引き出してしまってから後悔する。


「胸が引っ掛かるのよ、太ってるわけじゃないわ」

「そんな、いうほどライムは出てないよ」


「まあ、ガーったら女性に向かって失礼ね!紳士はそんな事言うもんじゃないのよ」



「ライム…なんの用なの?」


「あなたこそ何をしてるの。子供は柵の外に出てはいけないんでしょ?」

「ライムだって、出てるじゃない」


「お父様に言われたの、誰かと話し合う時は、同じ立場に立って話すようにって」


 ガーは微妙な顔をする。

 それはちょっと意味が違うと思う。


 だが、彼はそれを口には出さなかった。獣人の特徴で単純さはあるが、彼は見た目より大人だ。困難な経験がそうさせたのであろう。


「僕は鑑定の祠に行くんだ」

「鑑定のほこ?そこ、なにそれ?子供だけで行って大丈夫な所なの?」


「大丈夫じゃないよ。君は村に戻りなよ」

「…私、お姉さんとして、ガーが危ない事をしようとしてるなら止めるわ」



 ライムはスタンスを取り、背を逸らし、胸の前で腕を組んだ。彼女なりの目上の人のポーズのようだ。片方だけ出した足は、つま先が空を向いている。


 彼女はガーより背が高い。ガーの視線を水平にすると当たるのはライムの顎の所である。

 普通の人間同士なら、背の高い相手を恐れる所だ。


「どうやって?」

「もちろん、力づくでもよ」


「僕の方が強いよ?」


「なにをバカな…」

 ライム鼻で笑った。


 ガーは横に伸びていた木の幹を掴む。直径三センチくらいの細い木だ。

 バキン!乾いた音が森に響く。


 ガーは掴んだ所からその木を捻じり折った。細いと言っても生きている木だ、普通の人間には、そんな風には折りとれない。


 ライムは目を丸くする。胸の前で組んでいた手は驚きに解かれた。


 それをガーに差し出され、思わず彼女は受け取ってしまう。割と重い、しっかりとした強い木だった。


「…じゃあね」


「待ちなさい!大声を出すわ。あなたたちは、とても耳が良いようだから、門の所にいた人がすぐに飛んでくるわね」

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