第242話



 温泉と言われた場所へ進むと、背景に山が見える、立体感ある風景があった。


 なんか硫黄っぽい匂いがして来る。

 おお、山裾がここまで続いていたのか。


 木製の塀は、細めの丸太を地面に突き刺した単純なものだ。

 それが西部劇というか開拓地風で悪くない。塀を作ってあるというのは露天なのだ。目隠しだ。隠さなければいけない物があるんだ。期待に胸が弾む。


 塀の中に入るとバラック的な木製の建物があり、そこには二つの入り口があった。男女別だった。当たり前だ。そんな不埒な期待はしていない。


 ただ、彼らは漫画みたいなキャラクターだ。あり得ると思っていただけだ。ガッカリしたりはしていない。


 その前にベンチがあった。風呂の入り口に引き裂かれてしまったカップルが、家族が、待ち合わせをする場所だ。



 そこにお風呂の妖精さんが座っていた。


 濡れた銀の髪は、金属のように強い艶を見せている。


 彼女が着ているのは浴衣といっていいものだった。生地は薄い木綿だ。前で合わせ、ウエスト辺りを紐で縛っている。

 これが着物の帯のように太かったら浴衣と語っただろう。



 アリアーデは、現れた俺に気付いて目を向ける。お湯で上気した、白い肌はほんのり色付いている。


 頬染めるとそんなに可愛いんだね。ウエストが細い。胸が引き立っている。

 生地が繊細な物ではないので、流石に先端がわかることはない。



「…言う通りだな」


「え?」

「お前は視姦して来ると、イラーザが言っておった。視姦という言葉、初めて知ったぞ」


「違うよ。男は自然に目が向くようにできてるんだって。エナンだってそうだぜ」

「エナンは、そんな視線は向けん」


 …だよね。失敗だ。悪い例を出してしまった。



「イラーザを待ってるの?」


「異な匂いがする、外に湧き出す湯に入るなどと、どうかと思ったのだが、悪くない物だ。

 でも少し、のぼせてしまってな」


『氷塊』


 俺は小さな氷を作って、コップに入れた。


「魔法とは便利なものだな」

 アリアーデは手を出し受け取った。彼女はそれを額に当てる。


 ああ、奇麗な動作だ。おお、いい感じで胸が張ってる。あれ笑った?今、彼女は笑った。他の人にはわからないだろうが。


「お前のそれは、透視せんとして見ているのか」


 視姦だ、視姦と見られてる。


「あのね、別に全てを、エロ目的で見てるわけじゃないんだよ」


「そうか。何目的でも構わん。見るが良いぞ。お前に見られても、私は困らない」


「…アリアーデって、俺の事好きなのか?」



「私の事を好きなのはお前だろう」

「……まあ、そうかな」


 俺もよくもズバッと聞いたもんだが、ズバッと問い返されてしまった。どうなんだろう、今のは、恋愛進行中の男女の会話として…正しかっただろうか。


 俺、いま好きだって言ってないか?

 何か…腑に落ちなかった。若干不安が残る。


「ならば構わん、好きなだけ見るが良い」


「いいの?」


 もやもやしてると、なんか嬉しい事を言われた。大胆な譲歩を頂いた。

 これは恋愛の階段を上がっていく男女の会話として正しかったに違いない。


「減るものじゃなし。他の女を見るわけではない。むしろ好ましい事ではないか」


 超えてらっしゃる。流石アリアーデ様だ。普通の女子とは違う。女王様っぽい。



 俺は嬉しかった。

 止まった世界でもなければ、こんなに女子を凝視できることはない。空気の流れる、香り立つ世界で、好きなように鑑賞しても怒られない。天国か。


 俺は視線を、彼女の淡い色合いの口元から、白い首筋を滑らせ、その膨らみにたどり着かせた。息を止めてアリアーデの胸を見つめた。


 何と美学を持った形なのだろう。

 いつか手を触れてみたい。その時は、まずはそっと下から支えてみよう。


 俺つついたことあるんだよね…。なんでか友達の家のインタホンが浮かぶ。油分が切れてぎこちない押し心地…やめろ!


 だめだ。あれはもう思い出せない。今に集中しよう。


 いいカーブだ。美だ。これは美だな。ちょっと重みを計ったらその次はパフパフかな。

 湯上りパフパフ。いいのかな。いつかできるのかな。


 石鹸の香りと、濃い湿気がたまらんだろうな。

 ああ、時が停まっていないので、呼吸で胸が上げ下げするのが堪らない。



「トキオ…遠慮しろ」


 ええ、なんだよ、やっぱり見ちゃダメなのか?

 そう思って顔を上げると、周りに子供たちが集まっていた。後ろにはそれぞれ保護者が立っている。


 俺が凝視しているのを見て、何が起きたかと集まってしまったんだろう。

 アリアーデはさっきより遥かに赤くなっていた。



「だ、大丈夫だよ、虫はもういないよ~」


 咄嗟にうまいこと言った。虫が飛んできて困っていた。そんな風に理解してくれ。


「なんだ、虫がいたのか」

「なにかと思ったー」


「ママ、なんだったのー?」

「お姉さんね、虫が嫌いだったのよ」


「お姉さんのおっぱい見つめてるのかと思った」

「はっはっは、いくらなんでも…あんな風には…見ないだろう」



 性根が素直な、獣人の単純さに救われた。若干、お父さんに疑われたが。

 疑わしいはグレーだ。黒じゃない。


 村の客人はエロ男だったとか噂が立ったら大変だ。猫耳娘たちをコンマ一秒も見られなくなる所だった。


 虫だよ。虫がいたんだ。記憶に刻んでファイルを閉じた。

 これで、いつ誰に問われても、淀みなく答えられる。安心だ。



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