第241話


 俺は、広場の宴会場で一際盛り上がった場所に足を進めてみた。


 バカ騒ぎしている場所だ。こういう時はバカを相手にした方が良い。こいつらはきっと大丈夫だろう。

 昼から始めてもう日はとっくに沈んでいるが、楽しそうに宴会は続いていた。



「いつまでやるつもりなんだ」


「オールですよ!当り前じゃないですか!」

 思わず漏らした言葉に、近くにいたウサ耳のおっさんが応えた。


「そうなんだ。元気だね」



 ちゃんと笑顔を返せたが…ウサ耳のおっさんの存在感がすごかった。

 お陰で悩み事が吹っ飛んでしまった。おっさんの容姿が冗談抜きでキツイ。


 髪色と同色のグレーのウサ耳が良く動いている。彼の髪は短髪だが、普通の人間の耳がある所は髪で覆われていて、何か被り物くさい。


 とにかくガタイが良く、男臭い彼にウサ耳は似合わない。


 俺はそこで気付いた。

 そうだ、俺は馬鹿だな。猫耳は少女だけじゃないんだ。おばさんも、ばあさんもいるんだ。怖い。見ないようにしないと、俺の夢想するファンタジー世界が壊れてしまう。


 ……いや、待てよ。俺はちらほら接触していたな。そんなに違和感なかったよ。それなりに素敵だった。悪くなかった。年寄りは年寄りなりに素敵だった。



「どうしました?」


 ウサ耳のおっさんがまた話しかけて来る。

 大変だ。キツイのはこいつだけだ。犬も猫も平気だが、ウサ耳はおっさんには似合わない。なんだコイツは。


 青く見える髭剃り跡が、ウサ耳と何とも言えないハーモニーを奏でている。

 俺はおっさんの筋肉質な肩を叩く。

 同情したんだ。ウサ耳にそのガタイ。悪い奴じゃなさそうだが、おまえは一生結婚できないだろう。


「ライムがいなくなったんだ。あそこにいた子供だよ。誰か見てないかな?」

「そうなんですか?」



 おっさんはゲームをやっている子供たちの方に目を向けた。

「おーい、ウーちゃーーん!」


 ウーちゃん?

 俺は瞬時に気になった。ウーちゃんの正体が。

 子供たちの群れの中から、どんなのが飛び出て来るかを待った。


 七歳くらいのウサ耳少女だった。白い耳、白い髪のウサギちゃんだった。愛らしいじゃないか。おっさんと同じ生物と思えないわ。


 てか、名前!おまえら、もうちょっとちゃんとしよう?



「なーに、ダディ?」

「ウーちゃん、さっきまで女の子一緒にいたよね。どこ行ったか知ってる?」


 ダディなんだ…。おまえ、ダディだったのか。


「ああ、女神様たちとニャーが来て、つれてったよ。おんせん行くって」

「ああ、ニャーが温泉に案内したんだな」


 ちょっと待って、情報多すぎだろ。女神様たち。温泉。ニャー。女神様はアリアーデ。たちがイラーザ。ニャー?名前か。またもいい加減な名前か。


 その娘は猫耳なのか?


「ニャー?」

「ニャーは、ほら、あんた方を案内して来た、村の戦士だよ」


 あの、ワイルド女子が戦士か。似っ合う。やっぱり戦う人か。惜しげもなく谷間をさらしてたわ~。

 あの娘がニャーか。コンマ一秒しか見られなかったのが悔しい。


 じゃないわ!



 そうだ。なんと温泉があるらしいんだ!

 この村には、女子が何人も一度に入れる温泉が!入りたい!風呂息を吐きたい!


 いや、違う!

 俺が心配に思ったのはそんな事じゃなかった。俺の心臓を大きく揺すぶったのはそれじゃなかった。



 イラーザの奴、先に見る気だ。


 俺より先に、アリアーデの裸身を!確かめてはいないが、彼女は俺と同じ目でアリアーデを見てる気がしている。



「実はさあ、俺も村の戦士なんだ。ウーチャと呼んでくれよ」

 彼は、ニヤリとしながら親指で割れた顎を示す。


 一瞬で、エロ心や心配が消え去る。…おまえ、剃らないとその顎も毛で覆われるん?まるで被り物じゃね?


 ウサ耳親父が、要らない情報と疑問を俺の脳に侵入させて来るが、なんとか弾き返した。


「おお、ウーチャ。強そうだよな~。ところで風呂はどこにあるんだい?」

「わかるかーい?兄さんも強そうだよな」


 うるさいわ。風呂はどこだ。

「風呂はどこかな、ウーチャ?」



 俺は、ウサ耳親父のウーチャから情報を引き出すと走り出した。

 時間停止だ。時間停止を使う時が来た。


 え、こんな時に勿体ないだと。こういう時の為に貯めてるんだよ。


『時間停…』


 さすがに自重した。


 違うよ。勘違いしないでね。時間停止が惜しかったんじゃない。彼女たちの裸身をこんなに簡単に見てはいけないと思ったんだ。


 実力で見られるはず。もっと細かなエピソードやハプニングを愉しんでから堪能すべきだ。

 それに、二人同時に見るとか冒涜だよ。俺のもったいないの精神は、鉄の意志は、きかん坊の暴走を見事凌駕した。


『ショートリザーブ』


 いや、違うよ。責めないでね。女湯の戸を開けて、たらいをぶつけられてから、ここに戻ろうとか思ってないよ。そんな卑怯じゃないよ。


 これはあれだよ。恋愛シミレーションゲーム使うテクで、分岐点をしっかりさせようと思っただけだよ。ターニングポイントだよ。



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