第237話


「こら、トキオ。そんな挨拶はないだろう」


 俺がウオルフに軽目の態度で行くと、アリアーデに窘められる。



 彼女はまず礼からする。おどおどした所のない、美しい所作だった。安心してみていられる。彼女を外交官に指名だ。


「お出迎えありがとうございます。私は彼の補佐を務めている者で、名をアリアーデと申します。こちらの者は…」


 彼女はイラーザを指し示したところで止まる。

 素早くイラーザが彼女に近寄り、なにやらこそこそと会話する。


 咳払い一つして、アリアーデは後を続ける。

「彼の、一の従者、魔法使いのイラーザです」


 イラーザが胸を張り、使いもしない杖をつく。


 …いいんだけど。いいのかそれで。

 ライムが順番とばかりに前に出る。


「この子はライム。彼の保護下にある。まだ子供だ。失礼は大目に見てやって欲しい」

「えーー、仲間だよ。私も仲間にしてよー」


「そんな曖昧な紹介はできない。責任がかかる。まともな紹介をされたくば、相応の地位を得よ」


 地位ってなんなんだよ。丁寧に突っ込んでいるとライムが俺に目を向ける。


「トキオさん、わたしって何?」


「子供?」

「えー」



 アリアーデは、機を見て中断されたままの挨拶に戻る。


「先触れもなく突然押しかけて、誠に申し訳ないのですが、今晩我らはこの村に留まらせて頂きたく思っております…」


「もちろん、大歓迎です。しかし仰って頂いたように、突然の事なので、至らない点は何卒、ご容赦を…」


「いえ夜露さえしのげれば良いのです。お気遣いなく…」

「とんでもない。トキオ殿は村の恩人。私共にできる精一杯…」


 彼らはこの後もなにやら堅苦しい挨拶を続けていた。大人の会話だ。外交官に任せておこう。仲間って便利だなあ。考えなくても進むじゃないか。



 しかしだ。俺は前に来た時から、村とか村長とか思っていたが、小さいながらも、これは独立した国家なのでは。ふがふがじーさんは王様、息子は王子なのでは?


 少しだけ背筋が伸びる。アリアーデのいう通りだ。失礼があってはいけない。



 いつの間にかアリアーデの視線が俺に向いている。勘弁してくれ。やっぱり俺に挨拶しろというのか?カラオケくらいしか人前に立ったことがないのだが。


「トキオ、良いか?」

 荷車に視線を投げるアリアーデを見て理解する。お土産の事だ。


「ああ、勿論」


「これはトキオの友愛からの贈り物だ。是非受け取って頂きたい」

 タイミング良く、イラーザは被せていた布を捲る。良い仕事だイラーザ。一の従者を名乗るだけある。


 ライムはガーと並んでぼんやり見てるだけだ。いいんだけど。


 出現したモンスターに獣人たちは歓声を上げる。

「これはお化け蝙蝠では!」

「なんと大きな!こんなでかいの見たことない」


「見ろ、まだ鮮血が滴っている」

「こいつは御馳走だ!」


「これはうまそうだ。御心遣いに感謝します」


 お化け蝙蝠というのか。

 おべっかなのか、本当においしいのかはよくはわからないが、喜んで貰って嬉しかった。

 なので、イラーザのそばに行って、布の下にビア樽をいくつか出した。追加のプレゼントだ。察したイラーザが、まるで最初からあったかのように布を捲る。


「こちらもプレゼントしますよー!」

「「うおーー!それはまさか、工場ビールか‼」」


 ろ過されて透明度の高い、工場で作られるビールは高級品だ。この世界には割と大きな酒造メーカーが存在している。田舎の村で売られているのは手作りで、それはそれで悪くはないが、スッキリ感がまるで違う。




 流れで、そのまま宴会となった。


 急遽決まったとは思えない量の料理が、次々に運ばれて来た。村人総出かと思われる勢いで接待してくれる。気を使わないように訴えるが通用しない。


 食材を調達、解体して、調理して、そして歓迎の宴につく。住民を何チームかに分けてローテーションで続けて来る。入れ替わりメンバーが変わり、目が回る。



「いーですか、魔法っていうものはねえ、ビールと同じですよ!」

「「どうしてですか!」」


「材料を用意し、酵母を添加、熟成を待って開ける。早すぎても遅すぎてもだめです」

「「なるほど、そうなんですか!」」


 イラーザは、少し離れたテーブルにいた。

 魔法使いを崇拝する住民たちに囲まれ、怪しげな魔法論を話している。普段なら目立たぬように隅に座り、哲学者のように世界の生末について思い悩んでいる風なんだが。


 酒が入ると違うのか。大体、あいつは酒を飲まなかった。人と話すのも嫌いだし。もしや耳か。彼らに犬のような、猫のような耳があるからか?


 俺のそばには、ウオルフと村長のふがふががいて、この村の将来についてや、ふがふが言って来るので、俺は未だに憧れの猫耳、犬耳娘を堪能できていない。



 トイレに立った隙にアリアーデに接待を押し付け、俺は一休みの体で、誰もいないテーブルに腰掛けた。


 ライムとガーが、その他の子供と何やらゲームに興じている。子供はすぐ仲良くなって良いな。なんか来る。良い絵だ。女の子同士にしか見えないけど。


 俺は、彼女らを見守っているんだ。そんな言い訳を心に持ち、チラチラと視線を泳がせる。残念ながら、猫耳娘は遠くにしかいなかった。



 そこへ、犬耳息子のガーが近づいて来た。


 無いな。この言い方は無い。なんでだろう?

 ちらと見ると、ライムは他の子供とまだ遊んでいる。


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