第238話


 ガーは、なんかもじもじしていた。やめた方が良い。粗野な感じを出しこないと、俺はそっちの方のフォルダに入れてしまうぞ。


 俺は皿にあった何某かの骨付き肉を渡そうとする。こいつが肉を食う姿はワイルドだった。俺としては、彼を野郎のフォルダ入りさせて自身の正常を確信したい。


 しかし、ガーは頭を振った。なんだよ、そのナイーブな雰囲気は。上目遣いやめろ。可愛すぎるだろ。


 こいつ、目の形が奇麗なんだよ。銀杏の殻みたいにくっきりとした形をしている。これに大きな瞳が入っているんだ。黒だと思っていたけど、よく見ると藍色って感じか…本当に犬耳が似合うなあ。


 めっちゃ可愛い。その両目で俺を見るな。なんか膝に乗せたくなるだろう。

 大変だ。俺は既に腕を伸ばしていた。



 だが、彼はそれを見ていなかった。


「…トキオ。この後、旅に出るんでしょ。僕も連れて行って欲しい」


 これが猫娘で、連れてって欲しいにゃ。とか言われたら一発で陥落しただろう。彼女はそのくらいの破壊力を持っている。


 だが、俺は生来の小心者だ。アリアーデに怒られたばかりだし、常識的な意見を述べる。

「無理だな、遊びじゃない。生きて帰れないかもしれないんだぞ」


 一旦断られるのは織り込み済みだったのか、ガーはそれほどショックではなさそうだ。

 彼女のセリフが、連れてって欲しいワンならどうだっただろう。


 無いな。犬のお巡りさんっぽいし。全然ない。

 何故だろう…俺は猫派ということか?



「それに親が許さないだろ。せっかく帰って来られたんだ。親孝行しろよ」

「父さんと母さんは賛成してくれてる!」


 マジか。あれか?獅子は千尋の谷に我が子を落とすという。かわいい子には旅をさせろってヤツなのか。


「…おまえ、才とかあるのか?」

「まだない。僕らは…鑑定の儀、ないから」


「そうなのか。まあ今は無理だ。大人になってさ、まだその気だったら連れてってやるよ」

 俺は彼女の頭をポムポムと撫でる。いや、失敬。彼ね。



「ライムは行くんでしょ。なんで…」


 そんな縋り付くような目はやめろ。

 そう来たか。でもそれは、俺だって考えてるんだ。


「ライムな、本当なら連れて行きたくないんだ。

 冒険者ってのは、野垂れ死にが定番だ。そんな目に遭わせたくない。

 彼女にも帰る家はある。ただ彼女は、暫く帰れない立場なんだ。仕方なく、連れ歩いてるんだよ。


 安心して預けられる場所を見つけたら、そこに置いて行くつもりなんだ。子供を好んで連れてるわけじゃないよ」


「そんな…ねえ…お願いだよ。僕、何でもするから」


 おいおい、そのセリフを吐くな。まずいだろ。

 辺りを素早く見回すが、彼女らは遠い所にいた。良かった。


「なあ、いいか。俺はお尋ね者なんだ。おまえも賞金首になりたいのか」

「なるよ。そんなの全然怖くない」


「なら、絶対連れて行けないな」




 よくある。つまらない会話になってしまった。

 ガーは走って行ってしまった。尻尾が巻いていたのが胸を抉る。



 きつい事を言ってしまった。でもしょうがないだろう。


 いくら性格悪い俺でも、少年の道を踏み外させる真似はしない。

 悪はカッコいいわけじゃない。



 気付くと、目元が見えない村長が同じテーブルに掛けていた。

 いいね。こういう時は、何言ってるかわからない方が良い。俺は息を吐きながら気楽に声をかける。


「かわいそうだけど、しょうがないよね?」

「そう…かのう」


 ええ、じーさん。今、まともに応えた?たまたまか?

「だって、危ないでしょ?」


「チャンスは滅多にない。ここの暮らしでは特にな。人生には、危険でも踏み出さねばならない時があるじゃろう?」


「はあ…」



 なんだか、まともにしゃべてるんだけど。ふがふがは仮の姿なのか…どういう事だろう。俺は腑に落ちないまま、彼の話を聞いた。


「だが、踏み出して死んでしまう者もいる。

 すると大人は後悔する。許可するんじゃなかったと。

 だが、子供は命が潰える時、満足する。本望だったと思うじゃろうか?」


「はあ…」

「それは無い。きっと後悔するだろう。ついて来なければよかった。家にいればよかったと」


 ええ、じーさん、なにがいいたいん?


「だが、踏み出した時の高揚感はどうじゃ。覚悟を決めた自分を誇りに思うじゃろう。

 思い描いた夢を叶えるため一歩踏み出した。

 その想いは本物じゃ。失敗を恐れず踏み出したことがお前さんにもあるだろう。

 その時は後悔なんかしない。本気でそう思っておる」


 ……かもしれないね。


「負けるかもしれない挑戦をする。成功でも失敗でも、その経験を自分のものとして行く。それが人生じゃ。


 大人にはそれを見守る義務がある。先程お前さんは、若者に覚悟を問うたが、それを得させる覚悟は、お前さんにあるのか?」

「無いです」


 俺は食い気味に言ってやった。

 お前さ…の辺りで言ってやった。



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