第四章 もう一つの旅立ち

第233話


 ウエハスと出会ったのは、人里離れた山の中だった。


 そのまま、彼を置き去りにするのはあんまりだと思ったので、俺たちは次の町まで一緒に歩いたんだ。



 俺たちはその道中、猛然と街道を飛ばして来た馬車に追いつかれた。


 乗っていた人物は馬車をチャーターしていたが、彼は着の身着のままで銅貨一枚、持ってなかった。笑う。


 まあ、色々とあった。

 俺たちが彼らと別れたのはとっぷりと日が暮れてからだった。



 町の明かりが、ぼんやりと見えてきた辺りで二人と別れた。


 再会を誓い合ったライムは手を振る。

 彼女はめそめそしていたが、遠ざかって行く彼らの影は、意気揚々としていた。若々しい足取りだった。


 まあ、ライムも、しばらくするとケロッとしていたのだが。



 てなわけで、日が暮れてしまったので、ヨウシの崖下にもう一泊して、朝になってからガーの村に向け出発した。



「うわー、山を上から見た人っているのかなー?」


急峻なカスミガンの山塊を、眼下に一望しながらライムが嬌声をあげた。


「あなたは…この山を見て、何も思い出さないのですか」

「え?」


 イラーザのおでこに深いしわが入る。命懸けで駆け回ったのは彼女だけだ。ライムは地形を覚えていないのだろう。


 このままでは、イラーザのライムへの当たりが強くなるだろう。俺は目配せするがライムにはまるで伝わらなかった。


「目にゴミでも入ったのか」

 ……アリアーデ様、いつも心配してくれてありがとう。



 俺は、手ごろな砂原を見つけて船の高度を下げる。昔、川でもあったのだろうか。辺りは良い感じの平地になっている。


 凶暴な魔獣が出没すると言われるエリアなので、地上十メートルぐらいで止まり、魔法を放ってみる事になった。



「礫で追いやられた怒りを持て、闇の眷族!光を擦り潰し引き裂け!ウインドアーク!」


 イラーザがノリノリで魔法を放つ。

 三日月状の風が左右から一点に交差し砂場が爆発する。精度の高い魔法に感心するが、俺は一言いっておく。


「なんで風が、闇の眷属なんだよ?」

「私の仲間なら、闇属性のはずです」



 恐ろしい発想だ。彼女の不審な気質の根源がここにあるのでは。


「恥ずかしいとか、ないのか?」


「何も恥ずかしい事はありません。合言葉が、きっかけが、より細密なイメージが、魔法には必要なのです。呪文を早く、より効率的に組むのに私に躊躇はありません。

 これが私にとっての最適解なんです。トキオ様も具体的なイメージに基づき、緻密に考えた方がいいです。きっと効率が上がりますよ?」


「そう…かな?」


「…そーだ。確か、もっと真っ直ぐに切り裂きたいとか言ってましたね。

 ちょっと、私の真似をしてみてください」


 イラーザは砂原に向き直る。悩み深い顔をしながら、ぶつぶつと呟く。

 一つ小さく頷くとポーズをとる。


「風よ!小さい小さい俺の仲間達よ!俺の願いを叶えておくれ。真っすぐに敵を引き裂きたい。真っすぐ、断ぁ―――つ!」


 砂原に小さな風魔法が炸裂した。



 イラーザが納得顔でこくこくと頷く。さあやってみなさいというのだろう、砂原の方に手を向ける。


 それが俺用の呪文か?


 何言ってんだこいつーと。怒りだしても良かったが、イラーザから放たれた風の刃は、破壊力こそなかったが素晴らしく直線的ではあった。


 彼女は俺に足りないものを教えてくれているのだろう。

 だが、一言いわずにはいられない。

「…何だよ。今のセリフ?」


「真似してください。あなたにお似合いの文言を考えてみました」


 こいつ…。

 その揃った前髪を、すぐには直らない程ぐちゃぐちゃにしてやろうか。


「さっさとやってください。文句は失敗してから受け付けましょう!」



 ふざけんなよ。そうは思ったのだが、彼女の魔法に対しての知識は侮れない。どうも立派な師匠がいるようだし。俺はイラーザの作った文言をトレースした。


「風よ、小さい小さい俺の仲間達よ。俺の願いをかなえておくれ。真っすぐに敵を引き裂きたい。真っすぐ、断ぁ―――つ!」


 ズババーーーン!



 驚いたよ。風の刃を今までで一番、奇麗に出せた。まるで巨大なものさしを当てて作ったような線が、砂漠に刻まれた。



「イラーザ、やったよ…」


 俺は感謝の言葉を述べようと思ったのに、イラーザはせせら笑っていた。


「小さい小さい俺とか言って、本当に上手くいくなんて。うぷぷぷ、恥ずかしいのはトキオ様ですぅー」


 クッ、この野郎!なんて憎たらしい顔だ。俺は前髪を崩しにかかるが、彼女はきれいにスウェーしてかわす。こいつー!



「小さい小さい俺の仲間達よ。俺の願いをかなえておくれ。真っすぐに敵を引き裂きたい。真っすぐ、断―――つ!」


 俺専用呪文を、まねてみたのはライムだった。間違わずやって見せたが、手からは何も出なかった。



「…お姉さま、わたしが、小さくないからなの?」

「そうです。身体は小さいあなただけど、心は小さくないという事です。大物になりなさい」


 おいおい、ばかにすんなよ。



「礫で追いやられた怒りを持て闇の眷属。光を磨り潰し引き裂け。ウインドアーク」


 続いて呪文を唱えてみせたのはアリアーデだった。

 淡々としていた。全然抑揚がない。イラーザの呪文だ。そんな言葉よく覚えきれたな。というかよく言えたもんだ、俺なら照れる。


 やはり何も出なかった。残念ながら魔法は、才がなければ行使はできない。



「私も…小さい方なのか」


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