第228話


*ギルドヨウシ支部



 ギルドの堅牢な建物に来客があった。


 昨夜の惨劇を目にした観衆は、仮面の男とオランジェの敵対を見た。

 火をかけられ、娘を目の前で連れて行かれた父親の心を、誰もが思い遣ったのだが。


 警吏の長、ケベックは違かった。


 彼は自らの保身のため、是が非でもスケープゴートを作らねばならなかった。


 二階の支部長室に通されたケベックはソファに座り直し、下腹部に手をやった。


「もう一度聞く。おまえはオランジェから、ライムの奪還を求められたのだよな?」


 支部長のギーガンは、不愉快そうなに眉を顰めながら返す。


「違うな。もう一度で良いから娘に直接会いたい。そして自らの手で引導を渡したいというのが、彼の望みだった」


「…詭弁だろう、おまえ達は総督の命に背いた」

「しつこいぞ。我々に総督命令に背く気は無かった。話したように後ほど、おまえ達に引き渡す用意はあった…」



 そこまで話すと、ギーガンはケベックに苦々しい顔を向け溜め息をついた。


 ギーガンは先程から心掛けていた。彼の手の動きを、見ないように気を付けていたのだ。

 だが先程から彼は、あからさまに股間を弄っている。まるで遠慮する様子がなかった。揉んだり、位置を変えたり。収まる気配がない。


 幸運なことにケベックは、昨夜のうちにポーションを入手し、睾丸の治療が完了していた。だが、どうも違和感が消えないようだ。



 ギーガンは堪らず声を荒げる。

「なんだ、さっきから。貴様は一体どこを弄っている!重要な話をしているのではないのか?」


 ケベックは手を止めて、ギーガンを忌々し気に睨む。

「潰されたんだ、おまえらの謀略のせいでだぞ!」


「何が謀略か!私たちの努力が実って、あそこまで件の娘を引き寄せられたんだぞ!

 しゃしゃり出て来て邪魔したのはおまえらではないか!」


「戯けたことを、オランジェは娘を連れて逃亡する気だったんだろう?」


「証拠はあるのか?万一、彼にそんな下心があったとしても、未遂にもなっていないだろ。彼は娘と手を繋ぎ、おまえの前に現れた。

 俺は見ていたぞ。あそこから逃げようとはしていない。差し出そうとしていたのではないのか?

 そこに悪魔が現れて好き勝手やった。貴様は見ていなかったのか?

 彼はあの悪魔に焼かれたんだ。ポーションがなければ死んでいたかも知れん。どんな逃亡計画だったというんだ?」


 ケベックは、手で一物の位置を再度直し、への字に曲げていた口に笑みを作る。


「彼の執事はな、オランジェが娘と合流し次第、二人を連れて来いという、我らの言う通り動いたぞ。やましい事があったからじゃないのか?」


「貴様らが、彼の家族を人質に取ったからだろう」

「人質になどとってはいない。国を裏切った者の家族がどんな末路を辿るか、前例を上げて説明してやっただけだ」


「卑怯者め、それを人質と言うんだ!誰が逆らえるか」


「人質がいようがいまいが、やましくなければ言う事を聞く必要は無い。間違いない!オランジェは娘と逃亡しようとしていた。

 これが事実だ!あの男は総督を裏切っていた!謀反人だ!」



「…ケベック、貴様いい加減にしろよ。おまえがそういう態度なら、こっちにも考えがある」


「ほう、面白い。くくく、どんな考えなのか聞かせて貰おう?」



 ギーガンはケベックを睨みつけるが、ケベックは余裕の表情だった。


 街の治安についての立場では、彼らの優劣ははっきりしている。

 それに、この町の総督マルーンは、以前からこのギルド長ギーガンに良い顔をしてはいなかった。たとえ正答でも聞く耳は持たないはずだ。


 生贄を捧げ、後は報告書をまとめて提出するだけ。おまえごときが横から何を言っても無駄なんだよ。


 ケベッックはせせら笑った。



「総督が虫の息で倒れてなさった時、おまえは何をしていた?」



「…それは」


「おまえは赤髪の、妙齢の治療士に股間を弄らせていたな」

「ばかな、治療させていたんだ!」



 ケベックの表情が、たちまち青くなっていく。そんな話を持ち出されるとは、思ってもいなかったのだろう。


「総督の瀕死の重傷をさしおいて、おまえの股間を優先した。総督に報告してやろうか?」


「な…は…ゆ、優先させたわけじゃない」

 彼の額には脂汗が噴き出していた。先程の余裕はどこかに消えていた。



「総督は…どう考えるかな?」


ギーガンはケベックの顔色を見て取り、逆に余裕をもって語る。



「そう言えばルイゼ様も重傷だったな。おまえの股間より後回しにされたと報告したら、ルイゼ様は…あの方は、どうするかな?」


「…いや、ま、待て、俺だって!完治してなかった。待ってくれ…」



「あの方が…おまえの股間の後に回されたと知ったら…。

 あの、ご容赦が無い、ルイゼ様が知ったら。おまえを一体…どうなさるのかな」



 ギーガンはケベックの股間に視線をやる。はっきりそれとわかるように、じっと半目を向けた。


「その股間は…果たして無事で済むかな…」



 ケベックは震え出した。その顔色は完全に血の気を失っていた。股間を隠すように手で押さえる。


「私とて言いたくないな。これを報告した者は…首を取られかねない。

 どう…報告したものか。股間より後まわしにされたなどと…。

 あのお方の…逆鱗に触れぬようにしなければならない。

 治療士の手は、奥様より先に、中年男の汚い睾丸に触れていたなどと」


「ふ、触れてはいない!断じて触れさせてはいないぞ!俺は下履きどころか、ズボンだって脱いではいない!」


「そうやって、必死で説明すればいいさ。あの冷徹な方に…」



「…うぐぐ、待ってくれ」



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