第225話
すでに酔っているのか、イラーザがしつこくアリアーデにジョッキを勧める。
「まあまあ、いーじゃないですか。飲めないわけじゃないですよね?」
「しかし…朝からというのは」
「一味でしょ!荒くれましょうよ!」
絡んでるな。随分と積極的だ。もしかしたらこいつは…酔ったアリアーデが見たいだけなのかもしれない。
それは、俺も見たいな。
暴れるにしても、笑うにしても、泣くにしても、見たいな。
ライムが横から手を伸ばし、ちゃっかり受け取ろうとすると。イラーザは素早く引き戻す。
「あなたには千年早いです!この豆粒が!」
「姉さまひどい~、自分の方が小さいくせに」
「あなたは、私のどこが小さいって言いましたかー!」
イラーザがライムに掴みかかった。彼女の放った小さい発言が、どこに掛かっているのかを問い詰める。
その隙にアリアーデはサンドイッチを完成させていた。超シンプルだ。チーズとトマトを挟んだだけだった。
「それ、うまいのか?」
「こうして食べてみたのは初めてだ。色が奇麗だと思ったのだな。自分が手塩にかけたからなのか、とても良いぞ。美味しい」
手塩にかけるって程じゃないだろうが…彼女的にはそうなのか。細密に洗ったし、めっちゃ丁寧に挟んでたしね。
「姉さま、身長の事だよ。どうしたの、他に何があるの?」
「むぐっう…貴様ー」
この子はちゃっかりしているというか、実は強い。なかなか世渡りも上手そうだ。もしかすると、幼少的な子供扱いは不要なのかもしれない。
そう思った俺は、ライムが手にしたサンドイッチに目を向ける。
こっちはだめだ。まるで子供だ。パンに収まり切らないほど具を挟んでいる。ハム、レタス、チーズ、トマト、卵、キュウリ、ハム、チーズだ。
皿には、もう一つ完成形があったが、挟んでいる順番が違うだけで中身はほぼ同じだった。
俺は大人だから、それを指摘してやらなかったのだが、イラーザが目ざとく見つけて突っ込んだ。
「ライム、それ実は同じじゃないですか!この欲張りさんが!
子供ってヤツは本当に欲望の塊ですね!もっと見通しなさい、先を!
そして後学の為に、彼女のを見なさい。あの高貴な方のありようを!」
アリアーデが食べている、シンプルなサンドイッチを指さす。
「ふえ?」
「彼女のは、美学を持った人間が作った物です。あなたのは欲望にまみれた、飢えた餓鬼が作る物です!」
「ふぁーん」
「………」
今のアリアーデの耳には、何も聞こえていないようだ。黙々と食している。
俺が不在の間に、イラーザとライムに何があったのかは知らないが、彼女らの仲は盤石のようだ。
そんな朝食会だったが、当初の議題についても場が砕けると同時に話し合えた。
「ねっ!宝探しの旅に行こうよ。お金も手に入るし!」
「おこちゃまですね。宝の地図はどこにあるんでちゅか?」
「確かに…金は必要だけどね」
「宝探しか…まるで夢のような話だな」
「わたし、知らない世界に行ってみたい!」
「誰も統治していない所なら自由に暮らせますね。トキオ様なら見つけられるかも」
「自由か…自由ってなんだろうか」
「スローライフ物だな」
「そうしましょう。無人島を発見して建国しましょう」
「建国って…国民はどうするんだよ?」
「私と彼女の子供と、ライムが結婚します」
「えええええーーー!」
イラーザ…恐ろしいことをサラッという。
「他人に成りすましてスローライフってのはいかがですか?」
「それは良いな、私も誰かになってみたい」
「それは…宝探しより難しいんじゃないか?」
「魔族を討伐して英雄になりますか?全然嫌ですね」
「自分で言いだしといてなんだよ」
「私は何も意見が出てこない。
今気付いたのだが…私にはあまり夢がなかったようだ」
「…どんまい」
「あなた自体が夢ですから」
「わたしね、湖畔に立ってると、いいと思うよ」
「それ、夢じゃねーだろ」
「義賊になって悪徳代官を倒しましょうか?いや、なんなら、この地上のすべてを征服しましょう!」
「やだよ、面倒くさい」
「…わたし、やっぱり悪党とかいやだな」
「あなたは私の手先になる運命ですよ。黒の手先です」
「ええええー!」
「……」
「…」
最後は、皆寝てしまったようだ。
太陽はまだ、カーテンがわりの布切れを明るく染めている。そんなに時間は経っていないだろう。
どうやって降りたのか覚えていないが、俺は気がつくとテーブルの下で寝ていた。
無理もない。イラーザ達だって、俺が帰って来るまでゆっくり寝てはいられなかっただろう。全員、結構大変なスケジュールだった。
美少女三人と雑魚寝とか夢のようなシチュエーションだが、俺はまるで様子を覚えていない。俺が目を覚ましたのは彼女たちが起き上がった物音でだ。
まだ寝ていたのはライムだけ。ふくらはぎを椅子に乗せて、だらしない。よだれが垂れている。子供だ。
残念だ。他の二人が、俺の周りで安心して眠っているのを鑑賞したかった。
いつの間にか懐に入っていたり。
俺の腕を勝手に抱いていたり。
あられもない姿だったり。
何なら、ふわっとしたものをいつの間にかこの手につかんでいたり…。
うん…思えば、俺には夢がたくさんあるな。
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