第224話
「済まない…私は、料理をした事がないんだが」
アリアーデは、雑然と現れた食材と道具を目の前にして、自信無げに呟いた。
それはそうだろう。さっき、そういう事を彼女にさせないだろう人々を見たばかりだ。
「じゃあ、アリアーデは野菜を洗ってくれ」
「野菜を洗う…なるほど」
マルーンの館にあった、蛇口の付いた水桶などを取り出し、適所に設置した。ザルとボールも渡す。いくらお嬢でも野菜ぐらい洗えるだろう。
「ライムは、ゆで卵作れるか?」
「うん!できるよ、任せて!」
「子供なのに、料理ができるのか?」
「えへへー」
野菜洗いにとりかかろうとしていたアリアーデが驚いた。彼女はゆで卵を料理だと思っているようだ。
ライムはめちゃ得意顔だ。たくさん作って、保存しておこうと思い、卵は多めに出した。温かいゆで卵はご馳走だ。
俺はパンとハムを切る。それらを薄く切るのが地味にうまいんだ。誰にも褒められたことないけど。
イラーザはスープを作っている。シチュー鍋をお玉でかき混ぜながら、こちらを見て、何かニヤニヤしている。
彼女は、わざわざローブを被っている。魔女のスープを食べさせてあげますとか、考えていそうだ。
「私が、魔法使いの秘薬を作ってあげましょう」
似たような言葉頂きました。
アリアーデが丁寧に洗った野菜を、俺は外に持って行って水気を切る。
野菜を洗ったことのない彼女は、それはそれは細密に、宝石でも扱うかのように、塵一つ残さないよう洗っていた。
パンツ…洗ってもらわなくてよかった。
「それは、何をしているのだ」
「こうして水気を切らないと、おいしくないんだ。パンがふやけちゃうし」
やり方を教えるとアリアーデがレタスを振った。水滴がキラキラと舞い散る。彼女がトマトまで振りだしたので笑う。
あー良い良い。
俺が尊い目をアリアーデに向けていると、窓からイラーザも覗いていた。
なんでおまえがうっとり見てるんだ?
食卓に揃えた具材は白パンと全粒粉のパン、マヨネーズ卵、ピクルス、ハム、ベーコン、レタス、キュウリ、トマトにチーズ。みな挟みやすいようカットしておいた。
マルーン邸には、庶民には手の出せない、マスタードと胡椒もあったので添えておく。
「これをどうする」
皿を渡されたアリアーデは、両手で持ったまま戸惑っている。
「好きなパンを選び、好きな具材を挟んで食べるんだ。サンドイッチは作りながら食うのが、一番うまいんだぜ!」
先ずは俺が実演して見せてやろう。パンにはマヨネーズをたっぷり塗る。
マヨネーズはこの世界にもあった。多分人間が思いつき、おいしく思う物なんてそう変わりはないのだろう。
前世は短い人生だったけど、万人受けする画期的な調味料など現れなかった。
いや、スナック菓子を粉にしたような味の濃いのが流行ったか…。どんな物でもうまくなる、アレはすごかったな。
俺の最初のサンドは至ってシンプルだ。ハムとレタスを挟んで食べる。量的にはハム、ハム、レタス、レタス、マスタード少々って感じかな。
うまいんだこれが!
水分をたっぷりと含んだしゃきしゃきのレタスが歯切れよく音を立てる。マヨネーズを称えた香り高いパンがその汁を溢さない。
嚙み進める内に一つの味が、大きく存在感を表してくるんだ。ハムだよ。加工された豚肉の旨味が、口中に広がっていく。塩味が効いてる!
ハムだけ食べるのもうまいが、俺はこれの方が好きだ。レタスの、ほんの少しの苦みがハムを盛り立てるんだ。パンの甘みがハムの塩味を生かすんだ。
うまい、ハムがうまいんだよ!これぞ、サンドイッチの王道だよ。
自画自賛で、鼻息を荒くしてアリアーデを見やると、パンだけは選んだようだ。彼女の表情は定番だが、並んだ食材を目にして、小鳥のように首を小さく動かし続けている。
いまだに戸惑っているようなので、俺は彼女のパンを更に薄く、二つに切ってあげた。これで二回試せる。
片方を、俺の第二のお勧め、ゆで卵マヨとキュウリサンドにしてやる。もう一つはオリジナルを作ると良い。
ライムが羨ましそうに見るのでライムのパンも分割する。彼女は自分で作るようだ。
イラーザのサンドは、ハム、チーズ、ハム、ピクルスだった。
「…おまえの、うまそうだな」
「ぐふふ、途中で胡椒をかけると、まじグッドですよ」
でも、朝食にはちょっとヘビーかな。そこで気付いた。彼女はちゃっかりビールを飲んでいた。食材などを高速でグループ分けしたので、ビール瓶が数本、混ざっていたようだ。
「おまえ、朝からそれは反則だろ」
見た感じはあり得ないが、この世界では彼女は成人ではある。法には触れないのだが。
「トキオ様、マルーン邸のビールは、まじでおいしいですよ。すっきりクリアです!
私たちは自由なんですよ!それに私たちの団は、今回の悪漢討伐とライム奪還、オレンジ商会解放作戦成功の祝勝会をしてません!」
団って…のはどうかわからんが。そう言えばそうか。
俺がジョッキを取りに行こうとすると、イラーザの手元に二つすでに用意されていた。
彼女の、ジョッキを手渡そうとする動きに、アリアーデは感情なく述べる。
「私は遠慮しておこう。今回、作戦に参加していないからな」
「細かい、細かい!あなたは一味なんですよね、仲間なんですよね!」
「一味…。一味なのか…そういう事か」
アリアーデは頷きながら呟く。否定はしなかった。
そうか、アリアーデも一味なのか。
やはり、俺の…仲間なのか。
ここに居るのは皆俺の仲間なんだ。なんかテンション上がるなあ。
今のトコ、目標は貯金だけど。
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