第223話



 お城育ちのアリアーデは、やはり会議慣れしているんだろうか。進んで議長をかって出てくれた。


 普通なら得意顔するところなのだろう。しかし、彼女の場合いたって普通だ。背筋を伸ばし、皆を見回す。


「これからの事を、皆で話し合って決めるということでいいか?」


「おう」



「まず二十年先の目標を見据えて考えよう。その時点で何を得ているべきか。しっかりした骨格を持って考えることが大事だぞ」


 アリアーデは、文章の段落ごとに視線を回し三人の目を見て語った。なんか場が締まる。お城の会議に出席しているようだ。


 なるほどなるほど。何年も先のことを考えて答えを導き出すのか。それは失敗が少ないだろう。


 これは真面目に考えなければいけない。更に気を引き締める。他の二人もきりっと背筋が伸びている。



 しかしだ。なんか…思ってたのと違う。


 二十年先…俺は三十七歳か。その歳には到達した事がない。

 まるで想像つかないな。定住する家ぐらい持っていたいものだが…。あと…嫁さん。子供…。子供か…。俺に子供?



『これからどうしよっか?』

『私、見たい街があります』

『そうだな、あそこには憧れがあったな』

『わたしはね、食べてみたいものがある』

『そうそう、俺も実は…』


 てな、感じで始めようと思っていたんだ。



 どうしたことだろう。二十年先と言われて、何も言えなくなった。最近おしゃべりになったイラーザも黙っている。



 室内には、砂浜に打ち寄せる静かな波音だけが聞こえていた。時折、鳥の鳴き声も微かに聞こえて来る。


 アリアーデは実に正しい事を述べたのだが、二十年先という、若者にはあまりに遠すぎる課題に皆、戸惑ってしまった。


 イラーザは、先程から俯き加減でテーブルを見据えている。パッツンと切られた前髪から覗くおでこにはしわが刻まれ、それが浅くなったり、深くなったりしている。


 ライムは天井を向いて口を開けている。ずっと同じだ。


 やめなさい。とてもバカそうに見えるぞ。あの、おまえを愛する父ちゃんが、とてもがっかりするような顔してるぞ。

 保護者としてはこういう突っ込みも必要なのか?


 あれ、もしかして、こいつがアバズレになったら俺の責任なのか?



 子供…俺が子供を持つ…。やはり宇宙の果てのように遠く感じる。

 その後も、発言はまるで出てこなかった。


 司会となったアリアーデは泰然としている。

 皆の意見を待つ姿勢だ。語らない動かない。まるで人形だ。



 かつて、ミドウで行われた会議はどうだったのだろうか。彼女の沈黙に耐えかねて、皆頑張って予習し、意見を述べていたのではないだろうか。


 実は会議が始まる前に、全ては決していたんじゃないのだろうか?

 心配になった。


 俺が何かいえれば良いのだが、嫁と子供の所に引っ掛かってしまい、方向性すら言い出せない。

 考えるんだ。実は、人生経験が長い所を使え。えーと、えーと、将来に備えるためには…なんだったっけ、何をすべきか。


 ………貯金かな?

 こつこつと、一日少しずつでも貯めていく。五百円玉貯金?小銀貨かな?。

 うんうん、これは正しいはずだけど…。



 ハッとなった。

 もう、時間が経ちすぎている。四人も人がいるのに、なんて静かなんだろう。

 俺は、それ以上の沈黙に耐えきれなかった。


 悩み深い顔をした娘に目を向ける。


 過去の俺はイラーザに対し、いつもこう思っていた。

 いつでも眉間にしわを寄せているこの娘は、きっと世界の行く末とか、宇宙とか、世界の幸福について考えているんじゃないだろうかと。


 きっと彼女は、良いこと言うに違いない。


「イラーザどうなんだ、おまえは割と先のことを考えていそうだぞ?」


「なるようにしかならない。そう思って生きてきたので…ちょっと…」

「実はそんな、刹那的だったのか?大丈夫か、そんなんで。おまえ、一匹狼だったろ」


「実はって……貯金はしていましたよ」


「やっぱり…貯金か」



 それを聞いたライムが、宙を見ていた目を戻す。


「貯金て…あの、つまらないヤツ?わたし、おこづかいは使うためにあると思う。なんのために、そんな?」


「そりゃ、なんかあった時のためだよ」

「なんかってなに?」


「病気とか、怪我した時のために備えるんだ」

「わたしたち、それを考えて…そのために生きるの?」


 ライム…おまえは目の前のお菓子派なのか?



「いや、そうじゃないですけど。もし、お金が無ければ…あの時、私は魔法のスクロールを買うことができなかったんですよ」


「そーだね。あれがなかったら大変だったんだよね!

 そう、あの時の姉さま…すごく素敵だった。大人っぽくって」

「うるさい」


「なんでえ…」



 会話が逸れそうになった所で、司会のアリアーデがやっと口を開く。


「貯金は大切という話で纏まったようだな。では、我らの第一の目標として貯金を据える。それで良いか」



 アリアーデ、実に司会らしいぞ。見事な議事進行ぶりだ。だがちょっと待ってくれ、このままではそれで決定してしまうぞ。


 俺たちはいざという時の備えの為、お金を貯める集団。


 ここはモンスターが跋扈ばっこし、魔法が存在するファンタジー世界だ。

 夢と希望に溢れた、とは言わない。だけど、大概がサラリーマンになる事を強制される世界ではない。

 なのにだ。そこで結成されたパーティとは、とても思えない目標を俺たちは掲げそうになっていた。

 宿屋の子供に話しても、目をキラキラさせてはくれないだろう。



 グウウゥー…。


 そこで、誰かのお腹の鳴る音がした。

 ライムが下を向く。グッジョブ!子供の仕事として最高なものだぞ。


「腹減ったな。みんなで、サンドイッチでも作ろうか?」


 俺は、マルーン邸から頂くとき、幾つか食料をグループ分けしておいた。有事の時に全部出して、探すなんてやってはいられない。


 材料、道具は豊富だったので、それなりのセットを作るのは容易だった。

 サンドイッチセットを異次元収納から取り出す。


 万全の道具がテーブルに一度に揃った。


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