第222話



 水平線から日が登りつつある。青一面の世界に金色が射しこんで来る。


 船は地上百メートル辺りを高速で移動していた。海岸線は遠く、逆光になるので目撃されても、鳥の類だと思うだろう。


 アリアーデは船の開口部から顔を出し、遠ざかる故郷を眺めていた。


「こんな風に見たのは初めてだ…」


 彼女は、船の縁に両手をちょこりと乗せて覗いている。

 銀の髪が風に流される。朝日を受けて金に染まり、青空にとても映えていた。


 彼女を正面から見ると、誰もがその神聖そうな迫力に押され、自然に敬語を使ってしまうが、風に髪を躍らせ細い首を晒す後姿は、頼りない少女のものだった。


「本当によかったのか?」


「お前と行く。手伝うと言っただろう」



「…そう」

 手伝うって、そんなに範囲がデカかったんだ。オランジェとライムの一件の事だけじゃなかったんだ。


 それで帰っちゃうから、おかしいとは思ったのだが。



 ちょっと待てよ。

 ライムが独り立ちするまで面倒見る=子育てを手伝う=嫁。


 これ嫁じゃね?あれ、これって押しかけ女房って奴じゃないの。

 あれ、そういえばイラーザもそんな感じだった。


 一生ついて来るって…。ああ、でもアリアーデが現れた時、イラーザは妙に態度がさらっとしてたんだっけ…。なんでなんだ。



 女子が二人も身近にいてくれる。悪い状況であるはずがないが、なにかおかしな所がもやもやする。動かした事がない回路だ。

 それが何か、恋愛経験値皆無の俺が考えてもどうせわからない。


 アリアーデは俺に笑顔をくれた。それを信じる。この朝日のように明るい明日を信じて先に進もう。



 やはり、空気抵抗が少ない方が速く移動できる。朝のうちにオランジェ号はヨウシ市外、崖下のアジトとしている小屋に着いた。


 海辺の小屋を改めて見て、アリアーデは感嘆する。


「まるで、最初からここに設えてあったかのたようだな」

「土台は整備したよ。


 高度を増しつつある朝日に照らされ、白く塗られた外壁が目に眩しい。俺は家の前で止まる。俺の影が、ドアにハッキリ浮かんだ。


 ドアの向こうには女子二人だ。一応、コンコンとノックする。


 ここに到着するまでに、アリアーデには事の顛末をあらかた話してある。ライムが怒って出て行こうとして、代わりに飛び出した話はしていないが。



 バンッ、とドアが開く。

 俺は戸板にフックをかまされそうになったが、自前の素早さでよけ切った。


 何かが、飛び出してきて俺に抱き付いた。


 イラーザだ。

 前述の戸板を避けて少々バランスを欠いていたので、これは避けられなかった。


 抱き付き方がすごい。俺の背で足も組んでいる。彼女は歓迎の抱擁をこう言われたら怒るだろうが、猿に組み付かれたようだった。



「遅いです!どこまで行っていたんですか!」


 よく考えてみるとここも海に近かった。無事で良かった。そう思った俺は素直に彼女の頭を撫でていた。

 次の言葉が出てこないことに気付き、イラーザを見ると目を閉じて口を突き出していた。


 おいおい…。急に俺は危機感を持った。さっきもやっとしたのはこれだった。二人が俺を争ったらどうしよう。全く持って贅沢な悩みだ。


 パーティを追われて走って逃げた状況から見れば、信じられない好転具合だが、こんな状況を経験したことのない俺は、いたたまれず硬直する。



「仲がよいな」


 小さな声を発したアリアーデに気付き、イラーザが俺から離れる。

 ムササビが木の幹から飛び立つように、華麗に舞い降りた。

 おまえ今どうやったん?

 リスやらの仲間だったのか?



「あれ、帰られたのでは…なかったですか」


「とんぼ返りしようとしていた。途中でトキオが迎えに来たから早く済んだ」

「…そ、それはなによりです」


 イラーザの精神性は俺に近いな。なんだろう、別におまえがおどおどする必要はないだろ。



「お帰るなさい!」


 ライムが、イラーザに代わって前に出てきた。良い感じで噛んだな。


「わたし、ごめぬなさい!」


 自分に謝ってるのか?どうやら彼女は、心で大分シミュレーションしたようだ。こういうのは練習するほど噛む気がする。


「あの…」

 更に何か言おうとしていたが、俺はライムの緑の髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。


「もういいよ。俺はおまえを当分預かることにした。これは確定だ。嫌がっても無駄。この俺から逃げられると思うならやってみな」


 ちょっと語弊がありそうだが、絶対言わねばならないことを述べられた。

 大変な課題だった。俺は噛まなかった。



「これからの事を話そう。ライムは何かしたかった事あるか?」


 照れ臭かったのと、この三人が仲間であるという関係にまだ慣れない俺は、唐突に話し合いを持ちかけた。


 アリアーデ、イラーザにも目線を合わせる。

「ちょっと話そう。これからどうするか」


 いい加減なのは良くないと反省したばかりだし。今はメンバー唯一のまともな人間であるアリアーデがいる。常識的な方向性だけでも出して貰おうと思った。



 お互いに様子を探りながら、ぎこちなく全員が席に着いた。

 少し横の長いテーブルに、アリアーデと俺、イラーザとライムで座っている。昨夜と同じ並びだ。


 アリアーデが口を開く。


「これは、これからの事を話し合う会議という事だな。私が司会で良いか」

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