第218話


*海辺の小屋



 目元も鼻先も真っ赤にして、ライムは述べた。


「わかってたの。わけがあるんだって。…でも、なんか…。

 あんなにすごい力を持ってるのに、トキオ様は貴族とは、違う…」


 勝手にしゃべり出しましたね。

 イラーザは少し困っていた。ライムに対しての顔が用意できなかった。


 いつもなら我関せずの仮面を被って、知らん顔すればよかった。誰に対してもそうしていた。それを初めて破ったのがトキオである。


 しかし、ライムとは濃い付き合いをしてしまった。彼女には命懸けの旅で手を組んだ思いがある。優しく手を伸ばした事すらある。

 姉さまと称して寄って来るのにも困っていた。どうもすっきりしない。


 わからず屋なら批判して諭せばよかったのに、彼女は勝手にわかってしまった。おかげで先程からうまく対応できずにいた。


 イラーザはとりあえず相槌をうってみようと考える。

 彼は貴族とは違う?はい、それは間違いないです。


「違いますね」


「知り合いに、生きてる人に火をかけるなんて…。どんな勇気がいったのかな。わたしには…わけがあっても、とてもできないと思う」


 イラーザは考える。

 オランジェさん。あの人は、トキオ様にとって、大して知り合いじゃなかったんじゃないですか?

 でも、それは言わずに置いた。彼女は大人だ。



「…あなたの場合、父親ですからね」

「トキオ様も、父親だったらできなかったのかな?」


「…彼はやりますね」



 それをイラーザは、改めて考える必要がなかった。

 断言できる。彼は躊躇なくやるでしょう。それが必要とあらば。


「やっぱり…とても強い人なんだ。やらなきゃいけななかった事なのに。それで…謝れるなんて。

 あの人、わたしにはそんな風に見えなくて。わたしは、そんな…子供なんだって…それが…なんだか悔しくて」


「そう思うなら、あなたも出来るようになりなさい。いざとなったら、父でも母でも焼けるようになりなさい」


「そんな…無理だよ!」


「だからあなたは子供だっていうんですよ!

 この世は、弱者が正攻法で渡って行ける程甘くないんです。理不尽なものです。

 それが結果の、目的の為なら、躊躇してはいけないんです!


 トキオ様がやった事は、全てあなたの家族の為。彼はそれが理解できているから、決して迷わないんですよ」


 ライムは、濡れそぼった睫毛に囲われた、緑の瞳を見開いた。


「そう…なんだよね」


 改めてトキオの心根を考え、安心したのか、ライムは父親のその後を心配する。

「お父様…大丈夫かな」


「彼は恐ろしいほど小心です。その場任せにはしないでしょう」


「姉さま…それは?」

「自分で考えなさい」


 イラーザはそれまで人に対して、普通モード(対他人)か、トキオモード(対トキオ)しか持っていなかった。彼女はここで、新しい対人モードを手に入れた。


 対弟子モードである。対妹としても良かったのだが、彼女の中に浮かんだものは弟子の方が近かった。



 この子には見込みがある。教え、導き、時々守ってやろう。そう思ったのだ。

 そしてもう一つの事を確信していた。


 オランジェさんを…焼いた話。ライムはいたく感心しているけど…。

 もしかしたら彼はそこまで考えて無かった。

 大丈夫だろ?くらいだったかも。トキオ様にはそれぐらいの軽さがある。


 まあこれは、今は説明の必要がないでしょう。



 ライムは戸口の方に目をやり、呟く。

「トキオ様…帰って来ませんね」


「あなたは、彼の事をトキオさんと呼びなさい」

「ええ、なんで。姉さまが様付けなのに、わたしがさん付けは変だよ?」


「被るからです。それに私は、彼の事を神様ぐらいに思っています。そのぐらい思ってから言いなさい。私は神を信じていないけど、彼を信じています」


「すご…。わかった。…トキオさん、怒ってるかな」


「大丈夫ですよ。彼はこんな事で怒ったりしません。…ただ、気は小さいのでわだかまりが残るでしょう」


「ええ…」


「大っ嫌いは嘘です。ぐらいは、早々に言わないと、他人行儀にされますよ」


「えええ…」

 ライムは大きな悩みを抱える顔になった。


「微妙に目線を合わせなかったり、二人きりになると気まずい空気になります」


「えええぇ…」


「沈黙に耐えられない彼は、気まずさを誤魔化すために、どうでもいい会話を振ってくるでしょう」


「えええぇぇ…」


 ライムにはその絵が浮かんだ。どうでもいい事を語り合う、トキオとの気まずい時間がしっかりイメージできてしまった。


 辛すぎる。

「ええええぇぇ…」


 イラーザはとても調子よかった。

 人に好きなこという面白味を感じていた。

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