第217話


 俺は、飛び出した当初はガーの村に行こうと考えたていた。

 だが、もう夜遅い。街灯もほぼ無いような村の夜中に、いきなり今晩はー!するのは気が引ける。


 そこでアリアーデを探すことにした。

 一人旅立ったアリアーデが気になった。万全であれば心配するような娘ではないが、彼女が出立したのは昼過ぎだった。


 あの小屋まで来るのに、丸一日かかったようだ。帰りも同じだけかかるとすると、彼女は一人で野宿しなければならない。


 見送った時にはそれに気付かなかった。紳士じゃないから仕方ないが。カッコ悪い。俺はやはりまだまだだ。



 俺は空を快調に飛ばす。必ず追いつけるはずだ。

 彼女の向かったミドウ領は、ここギバー領と海岸線で繋がっている。途中にある急峻な山塊を持つ半島が海岸線を塞いでいて、それを避けた大回りなルートを進むのが今まで定番とされていた。


 彼女は海岸線ルートを新規開拓したという。すれ違いを避けるため、その半島の辺りは下に降りて、乗馬時くらいの高さを慎重に飛んでみた。


 確かに近づかねば気付かないトンネルで繋がっていた。よくこんな所をあの娘は一人で抜けたものだ。

 俺を探していた。光の乙女と呼ばれた少女が…。それを想ってほくそ笑む。



 その辺りを抜けた後は、地上百メートルくらいを飛んだ。グイグイ進むが、ふと考える。

 俺は進む勢いを得るため、風魔法をジェットのように後方に放っている。

 無尽蔵ともいえるマジックポイントを持ってはいるが、結構面倒くさい。


 放出を長引かせてはいるが、一回の放出で進む距離が大した事ない。勢いよく進むのは多分二、三百メートルくらいだろうか。

 継続的に魔法を行使すると言うイラーザの度肝を抜くような事ができる俺だが、やっぱり力は弱くなって行く。


 俺は重力を調整できるので無駄な摩擦は無いはずだが、思ったより風の抵抗が大きいんだ。


 重力の操作は、地面に対して順方向も逆方向も簡単に操れるが、横方向はとても難しい。

 それをするのに脳の五十パーセント以上を使わされてる気がする。

 力も弱い。なんとかそのベクトルに進むことは出来るのだが…。


 そうだな、なんかヨットが正面の風に向けて進むような感じなんだよね。進めないことはないが遠回りするような歯がゆい感じだ。



 そしてハッと気づく。

 先程イラーザと収納した、ライムの父ちゃんが作った小舟。あれは大波に耐えられるよう船の上部をほぼ覆っていた。ざっくり言うと弾丸のような形になっている。


 空気抵抗が少ないのでは!

 早速試してみる。



 夜空を行く船は海岸線を滑るように行く。

 良いね!超人のように飛ぶのもいいが、乗り物に乗るのは極めて良い。


 文化レベルが上がった。俺はオランジェ号に乗ってぶっ飛ばす。速度も距離も倍以上進むようになった気がする。


 風を切る音があまりしないので進んでないのかと思うほどだが、船の開口部から顔を出すと強い風の勢いを肌で感じる。


 俺は、地上を行くアリアーデを見落とさないように船を回して天地逆向きで飛んだ。頭に血が上るわけではないので、これでもクルージング気分だ。


 海岸線沿いにオレンジの光点を発見する。

 俺は風魔法を操り速度を調整し、手前に着陸する。



 アリアーデ!君が心配で追って来たよー!怖かったろー?


 みたいなハッピーなノリで声を掛けようと思ったんだ。二人っきりだし、何か起こるかも。そんな邪な思いもあった。


 だが、そこには美男美女のカップルがいた。



 焚火に照らされ、白銀の髪を金に染めるアリアーデと、自慢の金髪をより濃く染める残念兵士エナンだった。仲睦まじい様子で焚火を囲う二人。


 大抵の人間なら、二人の出すオーラに近付くことを憚るだろうが、俺はそんな弱い人間じゃない。鉄の意志を持っている。


 いざとなったら屁理屈こねてでも、あの約束を復活させる覚悟だってある男だ。それをイラーザにも見破られているような男だ。



 …そうだな。その時はどう言うべきかな。俺はふと考える。

 イラーザの想像は、イラーザには使えそうだが、アリアーデには言えそうにない。


 なんだろう。

 約束したのになあ、あーあ、一度は受けたのになあ。くらいかな…。

 おまえが断ったのだろうと返されたら、こうだ。


 俺みたいなクソ虫の事はいいんですよ、あなた様の有り様の話でしょ?そうですか…一度は口にしたのにねえ…。へえ…。


 行けそうだ。このくらいなら言える。俺は強くなった。



 俺はこっそり彼らに近づく。二人の親密度を探る所存だった。この二人は絵になっている。どんな関係なんだろう。


 心の中で生意気言ったが、二人が実は想いあっているならば、こっそり立ち去って、泣きながら逃げようかと思う。


 そんな小さな心も持っている。





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