第215話
俺は屋根に控えていたイラーザを回収すると、都市壁外の崖の淵に立った。
風が強い。闇に沈んでいるが海の匂いがする。
誰の姿もない。小舟を吊るしてある簡易式のクレーンが目に入る。都市壁の方から見れば存在はうまく隠せている。偽装を剥がされた形跡はなかった。
俺は、彼らがこれを設置した時から存在を知っていた。
何しろ平面的には小屋を建てた場所のすぐ近くに作られたからだ。高低差は相当あったのだが肝を冷やした。その時は皆で慌てて飛び出し、小屋を収納したもんだ。
ここは都市壁の外だ。ライムの父ちゃんは何某かの手を使って、ここまでやって来る予定だった。ここを逃走経路としていたのは間違いないだろう。
改めて辺りを見回す。まだ、事が決してから間はない。俺が捨て台詞を吐いてから、ここに来るのに三十秒もかかっていない。
誰もいないのは、ここが彼らの逃走経路だと割れていないからだろう。
執事のウエハスという男は、何故この場所がわれたと言ったのか…。
ただ単に二人を騙し、あの街路に連れて行くためとは思えない。
彼は、無くなった世界で自分の心臓を突いた。
オランジェは彼の言った事を疑いもせず表通りに飛び出していった。それ程、彼を信頼していたんだ。
愉快な執事は死なず、ギーガンも気の良い冒険者たちも死なず、ファナも酷い目に合わなかった。ケベックは蹴飛ばしたし、オランジェもマルーンに逆らわなかった。 そのマルーンも虫の息。
全てうまくいったはずなのに、何か引っかかっていた。
「トキオ様?」
イラーザが心配顔で話しかける。
俺は二人を崖上に降ろすと、何も言わずこの船の確認に来ていた。
「これは回収しておこう。父ちゃんの不利な証拠になる」
「ですね」
早速作業に取り掛かるイラーザの向こうに、頬を膨らましているライムが見える。まあ、彼女が怒るのは仕方ない。それだけの事をしたのはわかってる。
ライムは小屋に戻っても膨らんでいた。何故子供は頬を膨らますんだろうか。強く見せてるのか。そういえば、フグってなんのつもりで膨らむんだっけ?
まあとにかく、酷いことをしたので俺は謝る。少女にわかって貰おうとは思わない。
「ライム、悪かったな」
胸はこっちを向いているのに、彼女の顔は向こうを向いていた。後ろからでも頬が膨らんでるのがわかる。
「あなたは、悪い事をしたんですか」
彼女は振り返って聞いた。
「いや、してないよ」
「では、なんで謝るんですか」
彼女の目は真っ赤だった。鼻も目元も赤い。
「おまえには悪かった…なって」
「そうですよ!なんであんなに!火をかけるなんてあんまりよ!」
「…そうだな」
「なんで!あんな……あんまりでしょ」
「ごめんな」
「お父様、火だるまなのに、…それでも手を伸ばしてた…ひどいと思わないの?」
「酷いと思うよ」
「あなたは無敵だから、そんな事できるの?」
イラーザが口を開いた。
「…ライム、仕方なくなのですよ。ああしなければ…」
「お姉さまはだまっていてください!よく考えた?必要だった?」
「うん、そうだな。あまり考えてなかった。ごめんな」
それまで、表情をちゃんと作れていたライムの顔が崩れて、子供の泣き顔になる。大粒の涙がぼろぼろと緑の瞳から溢れた。
「……わたし、あなたが、大っ嫌いです!」
「ライム!」
イラーザが強い声で注意する。
ライムは涙を飛ばし駆け出す、ドアを開け、小屋を飛び出して行く。
だが、ドアの前には俺が立っていた。
彼女は俺の背中にぶつかる。鼻をぶつけたのか、言葉がまともに発音できない。
「ふぁふぃひゃまひへんほ!」
超速を用い、回り込んだのだ。造作もない事だ。
「俺が出てくわ、ボケーー!」
俺は真っ暗な波打ち際に向けて駆けだした。三歩目で空を飛ぶ。
風の音を感じながら振り返ると、闇の中に開け放たれたドアの明りと、僅かな白波が見えていた。
イラーザが叫ぶ。
「トキオ様ーー!」
しょうがない。
言い訳もあるのだが、やめておく。今日は家を空けてやろう。
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