第213話
「貴様らもお願いするんだ!早くしろ、これは命令だぞ!」
静まり返った街路に、騎士隊長の大声が響き渡る。
有無を言わせない声圧だ。命令を明瞭に伝達する。隊長に課せられた使命を全うするために鍛え上げてきたんだろうか。
応える騎士達も背筋がいきなり伸びた。そして即座に動いた。
命令とあらば仕方ないと思ったのか、まるで決められていた行進の手順のように整然と並ぶ。甲冑が打ち立てる音が妙に揃っていた。
綺麗な直列になって全員が並んだ。治療中に不愉快そうな目を向ける者も中にはいたが、俺は分け隔てなく治療してやった。
完全上から目線だ。気にもならない。
逆に、手を取って涙ながらに感謝する奴がいた。家に帰りたかったんだろう。
よしよし、苦しゅうないぞ。
最後に隊長は、俺に頭を深々と下げた。
「私は、ギバー第四騎士隊長、ログストと申します。あなたのお情けに感謝する。これを私は、生涯借りとして覚えておきます。決して忘れはしない」
それだけ言うと姿勢よく下がった。真後ろに下がっていくヤツだ。
部下の手を治すために率先して出て来たのだろうか。
後で批判されても、責任は命令した自分にあるって…感じなのか。
よく見るとそんなに酷薄そうな顔でもなかった。やっぱり簡単に人を見切ったと思ってはいけないかもしれん。
実はファナが酷い目にあった時、どうしていたかは確認してなかったし。
まあ、借りとかは別にどうでもいい。俺が家族に恨まれたくなかっただけだ。
俺は去り際の隊長に声をかける。
「ヒョヒョ、一つ言っておきましょう。私は今回、一度たりとも本気を出してはいません」
隊長は少しひきつった。
「冗談だと思いますか?」
「…私共は、決して敵わない相手を愚かにも見下しておりました。この愚行、忘れません。肝に銘じておきます」
隊長は頭を下げ、声を引き絞って答えた。そして少し顔を上げる。
「…宜しかったら、貴公のお名前を覗っても宜しいでしょうか?」
さっきも聞かれたな。確かに名前が無いのも不便だし。ネームバリューは脅しにも有効だ。
「私の事はダーク様と呼ぶといいでしょう」
オランジェとライムの所に進む。俺が近づくと、彼らを捉えていた警吏は逃げ出した。ここからが肝心だ。
「トキオ様…わたし…ごめんなさい」
俺は、ライムを無視してオランジェに話しかける。
「お金はできましたか?おまえたちの大好きな、お金に私も興味があるのですよ」
「え…?」
「白金貨五千枚でいかがでしょう?この子の身代金ですね。用意して来ましたか?」
「…そんな金額はとても…」
「じゃあ話は終わりですね。この子はやっぱり私が連れて行きます」
「待ってください。なんとか…必ず用意しますので!」
「私は、人を待たしても待たない」
俺は努めて乱暴にライムの首根っこを掴んだ。
「きゃん」
騎士やアサシンを含んだ観衆の視線を感じる。ギーガン。冒険者たち。ウエハス。
立場によっては、演技だと思うだろう。それはさせない。
「ヒョヒョ、元々頂く気でした。面白い事になっているから、お金に引き換えても良いと思ったのですがね。
この子は貴重な子供です。私の役に立つよう育てます。役に立たなければどこかに売りますから、会いたかったら買い戻すんですね。今度はしっかり稼ぎなさい」
俺はライムの首を腕で巻き、無理矢理チューしようとする。
「きゃっ、ちょっ…やめて」
仮面越しなのに、ライムがマジで逃げる。そんなに?
「貴様ー!」
俺は片手でライムをコマのように回し、殴りかかって来たオランジェの腕を掴んだ。
膝を落とし、奇麗に腹に一発入れる。
なんとか転ばぬようバランスを保ったライムの前に、襟をつかんでぶら下げ、苦悶の表情の父親を立たせた。
「よく見ておきなさい、ライム。これが素敵なお父さんとのお別れですよ。次に会った時は、きっと誰かわからないでしょう」
俺は、躊躇なくファイアを放った。暗い裏通りがオレンジに染まる。オランジェの上半身は燃えあがった。
ライムは絶叫する。
「ヒョッヒョッヒョッヒョッ!」
俺は、嫌がるライムを無理やり捕まえ飛びあがった。一跳びで二階の屋根の上に到達する。
「あ、そうそう。あなた達、今度私の機嫌を損ねたら、その腕は爆発しますよー!」
勿論嘘だが、捨て台詞としては最高だろう。
「ヒョヒョ、ヒョッヒョッヒョッヒョー!」
なんてことはなかった。何度もやり直すことなく片が付いた。マカンが出て来なければこんなものだ。少し、慎重すぎたかも知れない。
イラーザやギーガン辺りは、心配したけどそれ程じゃなかった。割とあっさりした事件だった。こう思うだろう。
それでいいんだ。
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