第212話


 俺は決めていたんだ。恐怖を見せてやろうと。


 どんな我儘な奴も、気の強い奴も、プライドがお高い貴族だって、本当の恐怖には勝てないはずだ。


 計り知れない力には恐れを示す。畏怖の念ってヤツだ。


 俺にあれだけされて、まだ恐れず構ってくるマルーンを、警吏ら全員を脅すことにしていた。恐怖させるんだ。恐怖に理屈は通用しない。


 イラーザが入り込んでしまった世界だ。トラウマってヤツを植え付ける。

 もうこの場で、俺にたてつく者はいないが念を押しておく。


「ヒョヒョ、わかったでしょう。私は魔人です。けど意外と話せる奴です。私を敵に回さない限り、私より偉そうにしない限り、あなた方をを殲滅したりはしない」



 どういうキャラ設定にするか。どう話して良いかわからなかった、俺の仮面キャラが少しずつ固まってきていた。


 やっぱり悪の親玉は礼儀正しくしないと小物臭い。丁寧語だ。ヒーロー側に負けそうになってからテメーとか言い出し、地を出すのが定番だろう。


 自信がある。負けそうになったら普通に出そうだ。



 俺は、馬車と馬の繋がりを断ち、馬車を持ち上げ、上空に放り上げた。


 こんな大きな物が空を飛ぶ絵を、ハリウッド映画のないこの世界の人は見たことがないだろう。全ての観衆の目線がそれを追い、自然と口が大きく開いた。


 頂点に達した馬車が落下するのを、全ての観衆は目で追った。視線は空から地上に動いたが口は開いたままだった。


 なるべく物理を越えた現象に見えないよう操作した。

 この世に馬車を持ち上げ十メートル飛ばす奴はいないはず。



 アリアーデはできるのかな。


 雷が落ちたような音を発し、石畳に叩きつけられた馬車は全壊した。


 中からマルーンと嫁が投げ出された。

 しぶとい奴らで息があるようだ。内装がふわふわだし、サスペンションもあるからか?



 しまった。まだ他にも乗っていたようだ。従者の少年が血まみれで瓦礫から這いずり出して来た。俺は近寄り少年に手を向ける。


『治癒』


 たちまち少年の怪我が治った。彼は驚いて自身の身体を撫でまわす。完治したとわかったのか。俺に頭を下げる。


 様子を見ていた観衆から息を呑むような声と、どよめきの声が上がる。

 丁度良いと思った。


「ヒョヒョ、そうだ。逆らわない奴には優しい所を見せてあげましょうか。

 並びなさい。私の施しを受けたい者は順番に治療してあげましょう」



 騎士や警吏たちには、手持ちのポーションでちまちまと治そうとする様子が、先程から見て取れていた。俺は述べる


「そんなちんけなポーションじゃ完治しませんよ。

 腕を切り落とされた者は、あと十分もすれば死にますよ。まあ、このまま私が立ち去って十分な治療を施せば何割かは助かるでしょうが。

 私がこのまま立ち去るのも慈悲ですが、治療を施すのも慈悲。同じ事ですよ。


 皆さん、ご家族に会いたくはないのですか?

 知っていますか?

 幻肢痛といって、無くなったはずの手が痛んだりするの、辛いらしいですよ。

 辛いですよね。無くした腕が痛むなんて…。私なら想像するのも嫌ですがね。


 今なら、この魔人様がサービスで完治させてあげますけどね?」



 怪我をさせてそれを直してやる。全く神の所業だろう。

 絶対に、恐怖の対象になる。


 まあ、頼まれてもマルーンと嫁のを治す気はないけど。



 大半の騎士たちは兜を脱いでいたので、表情が見える。怯えた顔がちらほら見えていた。誰も出ては来なかった。彼らは遠巻きに見ているだけだ。


 街路はとても静かになっていた。これ程の人数が集まっているとは思えないほどに。ギーガンも、冒険者達も住人達も息をつめて見守っていた。


 もういいかな。殺したいわけじゃなかったが、死にたいなら放っておこう。更に追い詰めて怪我させて、無理やり治療するアイディアが思いつくが酷すぎる。

 肝の小さな俺にはできそうにない。


 助けさせてくださいとか、いう気は毛頭ない。

 そりゃ嫌だろう。お情けで施しを受けるなんて。男の気持ちがわからないではない。一生懸命育ててきたプライドが大切ならそうすれば良い。



 ん?


 気付くと騎士隊長が近づいて来ていた。


 兜を取った頭を下げる。ああ、そうそう、そんな顔だった。俺の想像通りだよ。調子に乗った酷薄そうな顔だ。


 脇にはさんでいた左手を差し出して言った。手首は紐で止血されている。シュールな絵だった。


「本当に…お願いできるのでしょうか?」


「…ええ、構いませんよ」


 こいつ…なんのつもりだとは思ったが、どうでもよかったので治しやる。


『治癒』


 治療魔法が発動すると損壊が激しく細胞が死んでいない限り、大きな肉片などはそのまま本体に戻ろうとする。切断面に光の線が繋がり吸い寄せられるように繋がっていく。


 魔法の光が消えると隊長は繋がった左手を動かした。

 完璧に自分のもとに戻った左手を確かめ終わると、彼は部下たちに振り返った。


 「おまえ達も治して頂け!」




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