第211話



 俺は、一人ぼっちになったマルーンに向かって歩く。


 怯えた警吏たちは剣を捨て座り込んでいた。負傷した兵隊は街道の端に逃げ、気絶した兵士はその辺に転がっている。


 冒険者たちは目を丸くし、観衆は何かの間違いが起こらないよう、次の的にならないよう、一言も発さないように口を両手で抑えていた。



 大勢の人間がいるのにとても静かだった。俺の靴音だけが街路に響く。


 追い詰められたマルーンは拙い魔法を放ってきた。勿論、魔法が通った時には俺はそこにはいない。


 攻撃箇所ではなく、明後日の向きに現れた俺を見つけ、マルーンの大きな目が見開かれる。顎には先ほど吹き出したよだれが光っている。



「ヒョヒョヒョ、どうしましたか貴族様?この世で一番偉いんでしょ?

 これで終いですか?この程度の雑兵を引き連れて、天に唾したのですか?

 このぐらいの実力で、あなたは驕り高ぶっていたんですか?

 笑えます。自分の方が絶対に強者であると思っていたんですか?」


「ち、近寄るなーー!おのれ、大魔法の餌食にして…ぐっ」


 俺は小デブの首を掴み、持ち上げるとボールのように投げた。腕力に見せたが、これには重力操作を使った。速度をうまく使っているだけだ。俺には腕力はない。



 彼は馬車に激突して落ちた。中から女の悲鳴が聞こえる。


「ヒョヒョ、今度は誰を連れて来ますか?あなた、一度死んでますけどね?」


 語りながら進むと彼は気絶していた。


 今度は腹の辺りの服を掴む。パンパンに張っていて掴みづらかったが、この方がバランスが良い。服地も上等で簡単に破れそうにはなかった。


 俺は彼を上に掲げたまま揺すって起こす。


「ブヒーー」


 ああ、やっちゃった。豚のような悲鳴をあげた所で、小物認定する。やっぱり小物だったのか。


「ヒョヒョ、神様に祈りなさい。もう悪い事は致しませんってね」


「わかったー!わかったよ。しない!もう、しゅません!」


「…本当にしゅないですか?」


「絶対しません!」

「私は…しゅないか聞いたんですけど?」


「…えっ。しゅ?」

「あなたが、しゅないと言ったんでしょう」


「しゅません!」

「ヒョッヒョッヒョ!しゅないから助けるとは言ってませんけど?」


「そんな…ちょ、待っ……」


 なんか聞こえたが構わず彼を放り投げた。夜空に舞い上がり、彼は七メートルほど上昇してから落下する。


「ピギャーーーー!」


 彼は汚い悲鳴を空に轟かせながら落ちた。馬車の屋根を突き破って中に収まった。

 馬車内から女の悲鳴が上がる。



 馬車の横にファナが唖然として立っていた。俺は近づいて彼女に声をかける。


「ファナさん…あなたは、嫌な奴じゃないようです」


「…なんで、そう思いますかね?」

「ヒョヒョ、私は勘がいいのです。恐ろしいほどにね」



 俺は何故かその時、彼女の乳をつつこうと思った。当たり前のようにやろうと思っていた。今回、中心は狙わない。側面に近い辺りをツンツンする。


 本気だった。



 だが、俺はすんでの所で思いとどまった。


 恐ろしい。何をしようとしてるんだ。性犯罪じゃん!

 危ない!

 どうしたんだ。どうした俺?なんで俺に、誰彼構わず少女の乳をつつく権利があるように思ってしまっていたんだろう。


 俺のやりたい放題の世界じゃないよ。考え方がいつの間にかおかしくなっていたようだ。気を付けねばならない。


 なんか、よくわからないがやりたかった。

 前回の、彼女が無くしてしまった絵があまりに鮮烈で、代わりに何かを創り、刻みたかったのかもしれない。


 あの時、彼女は、娘の名を思い出したと言っていたが、覚えていないのだろうか。

 どう見ても娘のいる歳には見えないが、以前に見た彼女の年齢ならあり得る。


 俺はこの人を、あの時首を刈られたパナメーと同一人物だと思っている。少し年齢が違ってしまっているように思う。からくりはわからないが間違いないだろう。



 よくはわからないが、あの時感じた親和性のような何かを、今も彼女から感じるんだ。


 そうか、それを確かめようと。だから触ろうと思ったのか。俺の犯罪性が高まっているわけじゃないんだ。


 そう信じたい。


 この人は変身できるのだろうか。顔は同じだ。ただ、若返ったようにも思えるけど、この毒気のない大人しそうな人が、あんな爆乳になるとは信じられない。


「な…え?」


 俺の、ひわいな指の動きに彼女は怯え、戸惑っている。俺の手は、大分先から動いていたようだ。彼女の胸の方にすでに伸ばされていた。

 動画を撮られていたら立件される所だった。



「ヒョヒョ…私も、マカンが手を出してこないなら戦いません」


 俺は、更にわけのわからない動きを手に加え、普通に手を振ってごまかした。


「ええ?」



 警吏に捕まえられたウエハスが、ライムの父ちゃんの執事が見える。腰を抜かした警吏たちに引きずられたんだろう。彼らと共に地べたに座り込んでいた。


 生気がない。彼もどうにかしてやりたい。彼の見せた漢を消してしまった。


 本来なら街に、この空間に染み付くくらいの絵が、無かった事になった。ここを通る度、住民が胸を痛めるような記憶を消し飛ばしてしまった。


 代わりに何かを刻みたかった。なにかないか…。彼の乳を突いておくか?

 ……いやいや、なんなんだこの発想は。脇にそれるな。


 今はこっちが先だ。



 この仕事をやり遂げる。俺は決めているんだ。

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