第210話


「…ぎゃあああー!」


 トイカが手首を押さえて絶叫する。


 遅いわ。遅すぎるわ。おいしくない物を食べたタレントが、おいしいというまでの無駄な演技かと思うわ。



 隊長も、俺の動きが良く見えなかったのだろう。バイザーを上げようと手を伸ばす。

 そうそう、格子で半分消されたそんな視界で見えるわけがない。


「ヒョヒョ、面倒です。かかって来ないならこっちから行きますわ」


 俺は宣言してから彼らに襲い掛かる。

 生まれながらの強者、正騎士がなんぼのもんじゃって感じだった。


 隊長は、面当てを撥ね上げようとする。その動きの途中で左手を刈った。彼にしてみたら手を上にあげたら妙に軽くなったってとこだろう。


 隊長は大口を開けてのけぞり、バランスを崩して馬から落ちて行く。俺は彼の横をすり抜け、隣の騎士の手綱を取り、馬を傾ける。


 バランスを取ろうと、手綱を強く引いた手首を刈った。

 彼らが塞いでいる道を、順番に剣を振りながら横断する。

 騎士は懐に入られ、槍を棄て、慌てて剣を抜く。その腕を俺は、予定通りのように切り飛ばす。



 俺の一刀毎に手首が地面に転がる。

 彼らがまともな行動をとれるようになったのは四人目からだ。


 六人目くらいから反撃を試みてくるが、俺には止まって見える。全然、対処可能だった。

 彼らが馬を降りなかった事が災いした。しょせん雑魚と思ったのだろう。大抵の場合は馬上の方が有利だ、真っ当な判断だ。


 だが、小回りの利かない馬上で、跳び鼠のように跳ね回る俺を捕える事は出来ない。

 狙いが馬上なので、剣が若干届き難かったりはしたが、馬の関節に、鐙を足ごと踏みつけ登り、難なく南側の部隊を全滅させた。



「ヒョヒョ、自分の手を拾っておきなさい」

 俺は、道の北側に向かう途中でクールに述べておいた。



 南側の惨状を見て、北側の騎士達は陣形を組み直し迎え打とうとするが、何のことはない。

 俺は馬の足の間を潜り抜け、馬の背に立っていたんだ。


 消えた。

 みたいな顔をしていた。皆、バイザーを上げていたからね。見えた。


 後ろからだと手首は斬り難いので、肘の先辺りを狙った。剣が曲がると、騎士の剣を頂戴して断ち切った。取り乱して馬が跳ね、騎士が落ちる。


 街灯があるとはいえ闇が大半を占める夜の路上では、馬体は大きな影を作り出す。彼らが俺を認識できたのは各々一瞬だっただろう。


 エリートの正騎士はあっという間に全滅した。俺は、実力差をはっきり示すため、彼らの手だけを狙った。


 手だけとはいえ、止血しなければ絶命する。戦闘力はゼロだろう。無論命懸けで向かって来るなら別だが、そんな奴はいなかった。


 北側の隊も手首を、腕を押さえ、俺から距離を取る。落馬して兜の取れた騎士が、必死の形相で這いずるように逃げていく。



 もう一度、親切に言っておく。俺には殺す気がない。

「ヒョヒョ、自分の手を拾っておきなさい」



 悲鳴をあげる騎士は流石にいないが、呻き声や、異常事態に嘶く馬の声騎士たちの声を背に聞きながら俺は進む。あとはザコとアサシンだ。


 自分たちより、遥かに高い実力を持つ正騎士を倒した俺に、立ち向かう警吏はいなかった。

 俺はマルーンの前に立つ。


「ヒョヒョ、わかりましたか?」


 マルーンは絶句している。仮面は俺のモブな顔を隠す。きっと地獄のように恐ろしいものを想像しているだろう。


「どんなものにだって、上があるでしょう。どのくらいの敵を相手にしていたか、これでわかりましたか?」


「…にゃ、にしてるーーーー!」


 顔色を悪くして、多少噛んだマルーンが護衛の後ろに逃げる。

 一歩前に進み、小デブを隠したエリート護衛が口を開く。


「マルーン様、ご安心を。なかなかの素早さですが、我らには見えておりますので」


 腰のあたりから暗器を取り出し、俺に向ける。ポーズが、めっちゃ決まっている。強そうだ。とてもかないそうにない。参ったな。


 かっこ良く、俺の刃を防ぎ、攻防戦を繰り広げるつもりだったのだろう。



 俺はその時、彼らの間を通り抜け、マカンの頭頂部にチョップを入れていた。

 かなり力強く入れてやった。


「ぷぐっん!」

 唐突に頭を叩かれたマルーンの口からよだれが飛び散った。


 あっさり前を抜かれた事に気づき、振り向いて俺を追ったエリート護衛は、大口開けて驚いてた。黒い頬当てから顎が飛び出しているのが見える。


 誰がさっきのが全速だと言ったのか。


 勝手に人の限界を計るのは良くない。俊敏がどうしたとか言っていたが、俺のは、そんなありきたりのスキルじゃない。俺が素早いんじゃないんだ。


 おまえらと時間の流れが違うんだ。キッチリ計ったわけじゃないが、俺の体感でいうとおまえらの一秒が俺には五秒ある。


 全然違うだろう。世界が、次元が違う。



 しかも使えば使うほどしっくりしてくる。感覚が追いついて来た気がする。ここまで速く動いたことは今まで無かったから。このところ修行しているってわけだ。


 マルーンの護衛がアサシン達にも声を掛ける。

「おまえらも戦え!」


 もはや静観している場合じゃない。危機的状況を悟り、全体で襲い掛かって来る。確かに彼らは速かった。マカンくらいの速さがある者が結構いた。


 だが、マカンには異常な速さで大魔法を放つ能力と、首を落とされても瞬間治癒するスキルがあった。対して殺し屋は素早いだけだ。



 数が半分なのに、騎士を無抵抗にするのと同じだけの時間がかかった。魔法を一発撃たされた。


 それが、彼らが俺から引き出せた苦労だ。


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