第205話

*交差点



 ギーガンに集められた冒険者たちは、得意の虚勢を張れずにいた。


 酒場で自身の冒険を数倍の困難に語り、新人にうそぶき、ウエイトレスを驚かす。そんな態度をまるで出せなかった。


 魔獣に、どんな化け物に出くわしても対処できる。俺たちは玄人だぜ。とりあえずはジョークを言ってから始めるもんだぜ。

 酒場で打っていた、そんな意気は上がらなかった。


 悲惨で陰鬱な方向へと向かって行く、目の前の事態を眺め、何一つ対処法を思いつかなかった。場面に入り込んでしまい冗談も飛ばせない。

 一体どうすりゃいいんだよ。そんな顔を浮かべて、時々ギーガンを伺う事しかできなかった。



 要人がお忍びでダウンタウンに遊びに来る。何かあった時、即応する。そういう名目で、口の固い信頼できるメンバーが集められていた。


 警吏が集まり、正騎士が通りを閉鎖した場所に駆け出したギーガンを追って、そこに詰めた冒険者たちには、既に名目が違っている事は理解できていた。


 皆、ギーガンに不平を漏らさず、ここまでの様子を見ていた。ベテラン揃いだ。慌てる奴はいなかった。


 ギーガンはヨウシのギルドの責任者である。町の顔役で住民の人気もすこぶる高い。今まで彼に間違いはなかった。


 彼が出した答えに従えばいい。

 本来、無頼派な冒険者がそう考える程、彼は信頼されていた。



 おかげで、ギーガンは厳しい選択を迫られていた。

 リーダーであり、責任者である。迂闊な行動は許されない。よくよく考えて、皆がそれなりの結果を得られる。そんな答えを選び出そうとしていた。


 ギーガンの頭の中を、幾つもの光明が浮かんでは消えた。幾十万通りの道筋の中から、皆を裏切らない、間違いのない答えを見つけ出そうともがいた。


 彼は頭をフル回転させるため、他の一切を排していた。その為、先程から表情は固定している。状況を睨みつけ、どこかに光を、空いている穴を探していた。


 石のように動かず。血管の浮き上がった鬼のような形相に、誰も話しかける事ができなかった。彼は、火がついたように背中から熱を発していた。


 冒険者たちは、その答えが出る時を待った。息を詰めて見守っていた。

 彼は不意に下を向き、大きな溜息をついた。



 顔を上げると、彼の厳しい表情は一変していた。すっきりとした笑顔で述べた。


「やーめた。もうよくわかんね」



「え?」


 なんだそりゃ?待ちに待っていた冒険者たちは戸惑った。あまりにも意表をついた言葉だった。その雰囲気も想定外だ。


 冒険者たちの戸惑いを無視して、ギーガンは軽い様子で続けた。


「俺はギルマスを降りるわ。今回の仕事はもう終わった。おまえらは帰れよ」


「え、マスター?」


「だからー、俺はただのギーガンだ。俺の机引き出しに、その旨書いてある。今日書いて置いて来たんじゃねーぞ。いつかこんな日のために書いといたんだ。確か十年くらい前だな…」


「おい…何言ってんだ?」


「ここまでだ。解散しろ。じゃあな、くだらねーとこで死ぬんじゃねーぞ」



 気の抜けたような、ジョークを言うような、そんなリラックスした力ないセリフを残し、ギーガンは走り出して行った。


 冒険者たちに、止める間は無かった。

 結局、考えはまとめられなかった。

 だが、ギーガンはもう黙って見ていられなかったのだ。


 彼は長く、プロの仕事をしていたと自負している。与えられた使命に殉じてきた。正義が潰されるのを見ていた事もある。権力が弱者を叩くのを黙認した事もある。


 だが、理不尽な理由で親の目の前で子が殺されるのを見ていた事はない。


 そこに重さをかけた。別件という形だがオランジェたちは依頼者だ。色々考えたがこれは我慢できなかった。我慢する必要がないと判断した。


 もうどうでもいい。取りあえずこの怒りをぶつける。親の目の前で子供を殺そうとする総督なんかに従う道理はない。殺す。



 群衆の中に現れていた冒険者の集団に対し、警吏はきちんと警戒していた。前もって決められていたような動きで立ちはだかる。


 ギーガンはスーツ姿だった。上着を脱いで振り回し警吏を薙いだ。

 こん棒で殴られたように警吏が飛んで行く。


 彼は服地にマナを纏わせ、それに魔力を流すことで硬化し、変幻自在に操るスキルを持っていた。



 だが、敵は一重ではない。控えていた警吏がばらばらと現れ、ギーガンを取り囲む。


 ギーガンは、この街では知らぬものはない人物であるが、警吏達はなんの躊躇もなく攻撃を加える。


「逆賊がー!」

「ぶっ殺せー!」


 前方二人の相手をしていた彼は、背後の敵に対応できない。勢いよく繰り出された槍がギーガンの背に突き立つ。


 だが、ずぶずぶと体には入っていかなかった。彼は着用している服も硬化できる。槍先は弾かれ逸れた。



「ギーガン…」


 交差路の一角で起きた騒ぎに、オランジェは地に押さえつけられながらも声を絞り出した。やめるんだ。無駄だ。

 それは聞こえはしないだろう。



「放っておくわけにもいかねーか」

「しょうがねー、おっさんだな…」


「笑わせるぜ、くっくく…」


 解散を命じられたのに、冒険者たちも一人二人と駆け出し、戦いに加わった。


 躊躇した者もいたが、勝ち目のない戦いに、勇ましく飛び出した男たちの背中を見て、やっぱり走り出した。


「あーあー、もう!」


 ノリの軽い感じを装ってはいたが、瞳は真っ直ぐに前を向いていた。彼らもギーガンと同じで、我慢がならなかったのだろう。


 命の賭け時を、見つけた男たちが走る。



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