第192話
ブルル…。
屋外に繋いでおいたアリアーデの馬が鼻を鳴らした。あの黒馬はネーロという名前らしい。俺を覚えていたようでフコフコ言っていた。
馬にやる、飼葉と水桶を異次元収納から出した時、まとめた物が結構な量で出現したんだが、アリアーデは大して驚かなかった。感心していただけだ。
まあ、そんなもんかも。なにしろ彼女は、俺が飛べるのを知ってるからな。
ポーションをそこから出して見せたのは、無くなった世界だ。彼女は俺の収納の事を知らないはず。
ちなみに、飼い葉その他はマルーン邸産だ。
こんな物を盗む泥棒はいないだろうが、全てイラーザの言う通りだった。結構必要な物だった。
彼らには細かなダメージとして効いているだろう。バケツを買ったり、ゴミ箱を買ったり、ブラシを買ったりしているはずだ。イライラしてるかな。笑う。
ネーロとか、それはいいとして。
この小屋にまともな時計が無くて良かった。というかこの世界には無いが。
あったら、テーブルを囲んだ四人は、秒針の作動音だけを聞く、気まずい時を過ごす羽目になっていただろう。
『それでこちらの方は?』
イラーザにそう問われてから。ずいぶんと時間が経ってしまっていた。
イラーザとライムは並んで座っている。対面に俺とアリアーデという具合だ。
彼女らは、暫くアリアーデを見つめていた。明るい所で、改めて彼女の人間離れした姿を見て、驚いたのだろう。
呆けた顔をしていたので、時間経過はあまり気にならなかっただろうが、俺はもう限界だ。二人を、一体どう紹介すればいいんだろう。
アリアーデとの出会い。乳をつついた事。爆裂石を使う力もなかった事。一発、頼んだ事。銀の娘。もの凄い力。貴族。命の価値を知っている事。
イラーザはどうだろう。元パーティの仲間。微妙な膨らみを持つ胸を視姦していた事。柱の影の女。ストーカー。変な拘り。実はど根性がある娘。
とても上手にまとめられそうにない。
えーと…………。めっちゃ悩んで、一周まわって素で述べる。
「この方はアリアーデ。見た目通りの気高い方だ」
「…アリアーデだ」
彼女の表情はまるで変化なかった。
「こちらはイラーザ、意外にも高潔な少女だ。
…いや、年齢は十八歳だった。実はこれでも大人だ」
「トキオ様…」
イラーザはポッとした顔を俺に向ける。
アリアーデは少しだけ目を見張ってイラーザを見る。その後ちらりと俺を見た。年齢の話だろう。信じられないのは無理もない。一見、十二、三にも見えるからな。
ライムが期待した目で俺を見ている。
「この子はライム。才能があるらしいけど、ただの子供だ」
これは、わざと感じ悪く言ってやった。しょうがないよね。
「えーーー!」
紹介が終わったところで、アリアーデが静々と話し始める。
「何故ここに家があるのか…聞きたいことは山ほどあるのだが…まあ良い。
一番の問題はこの子のようだ。
どこぞの危機から、お前が救い出したという事で良いか?」
アリアーデ…。俺の事、そんなに信じてくれてるんだね。マジで嬉しい。好きだ。
「顛末を話してくれるか」
「あのね…」
俺とイラーザは楽しく話した。
アリアーデは話の腰を折らなかった。黙って、姿勢良く最後まで聞いてくれた。
俺とイラーザは活劇のように、時に熱く、時に軽妙に、マルーン邸ライム奪還作戦の内容を話した。
なんか、ライムにバレてるのに、アリアーデに秘密はないかと思ったので、容量に限界がない異次元収納の話も説明した。それで全てを奪ってやったと。
そしてアリアーデは、苛立ちも、少しも困っている様子もなく俺に苦情を述べる。
「お前は、何をやってるのだ」
「…え、だからライムの奪還を?」
「信じられない様な話が多いのだが、全て起こった事として語るぞ。何故、彼らの私財を奪った」
俺は𠮟責の気配を感じ、真面目に考える。なんでだったっけ?
面白そうだから?罰だから百倍で返すだっけ?
「お前が、この子を連れ去って逃げれば、それで良かったのではないか。事は済んだであろう」
そうかな…そうかも。
「マルーンは、この都市の総督を任されている貴族だ。怒らせても得はない」
「でも、奴らこそ反逆者だぜ。イースセプテンと繋がってるんだ」
「証拠はあるのか」
「そいつらが、そう言ってたのを聞いた」
「私も聞きました」
「そんな物は証拠にならん。挙句に、全てと言えるほどの私財を奪ったのだな。
お前たちは盗賊と言われても仕方ないぞ」
「…まあ、そうかな」
褒められると思ったのに全然だった。俺はしょんぼりする。
「国としては、どちらを捕えようとするかな」
そりゃ俺だろう。そうだろうけど。なんだよ、なんだよ。文句言いに来たのかよ。
「これからどうする気なんだ」
「気の向くまま、旅をする」
「この子を、どうする気だ」
俺もアホだな。
ここで初めて、アリアーデの言いたいことがわかった。
戦闘力があって、浮き草暮らしができる俺やイラーザは良いだろうが、ライムはまだ子供だった。この子の将来について考え、行動するべきだったんだ。
なんで考えられなかったんだろう。
ライムが口を開ける。
「ちょっと待って。わたし?わたしの事で怒ってるの?
大丈夫だよ、文句なんかない!
わたしね、この先、どこかの砂漠とかでのたれ死ぬことになっても困らない!
はりつけにされても拷問されても、二人を恨みになんか、絶対思わない!
誓うよ。わたし、死んでも言わないよ!」
ライムの、健気で泣けてくるような素晴らしいフォローが入ったが、俺は更に追い込まれた気持ちになる。
こんな幼気な少女が、子供の中の子供が、磔、拷問って…砂漠で野垂れ死にって…。どんな想像させてんだよ。
俺は、そんな想像が立つ世界に、可能性がある道に彼女を転ばせたんだ。
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