第3章 新たな旅立ち

第186話


 ヨウシ市の海辺の断崖は本当の絶壁だ。垂直に切り立っている。街があるその上部は、海から吹き付ける風が強く木も茂らない。背の低い草原が続く。


 だが断崖の下部には、風も穏やかなスペースがあった。俺はそこにベッドを出しリラックスしていた。

 時間は夜。そんな場所でイラーザが迫って来たんだ。秘密の屋外ベッド。見上げればまばゆいばかりの星空。


 そんな極上のシチュエーションの中に俺たちはいたんだ。遠い波音。ベッドの軋み、衣擦れの音さえ立体感を持って聞こえ、心を震わせる。


 シーツに手をついた彼女はそっと距離を詰めて来る。


 俺はどうするか迷っていた。

 ライム。邪魔な少女は小屋で就寝中のはずだ。問題ない。問題がない。



 やってもやらなくても、一生ついて回る。イラーザの強い言葉が頭を巡る。



 彼女は猫のように構えている。穏やかな波音でバックを飾り、彼女は述べた。


「私は、目と目を合わせてした約束だけは、必ず守る人間です」


 それって目を合わせてなきゃ、守らないって事?


「頂いて貰わないと、すっきりしません」

 なんて言い草なんだ。それで乙女を語るとは…。



 落ち着け、イラーザ。俺は約束してない。

 じゃあ約束だからな!とは言っていない。そう言おうかと思った。思っていた。


 イラーザは首を傾け、俺をじっと見る。

 いつも半目の彼女だが、目を見開くと実はかわいらしいカーブを持つ目になる。

 今はそうではなかったが、いつもの悩みを抱えた目でもなかった。幾分伏せられた瞳には艶めかしい情感があった。


 その時、俺は気付いたんだ。


 彼女は猫のように迫って来ていたので、緩い夜着の胸元は垂れ下がっていた。そう!痩せた女子はこうなると丸見え!


 夜の海岸は暗い。彼女の服の中は更に暗い。見えるわけがないのに、俺の高性能な脳の補正が、写真で捉えられない絵を見せる。

 胸の白さが形を表していた。


 瞬時に元気になったきかん坊が、音を立てて突っ張る。


 恥ずかしい現象を、彼女に知られる事を恐れた俺は、素早く体を捻った。彼女には背中を向ける形になる。



「…すみませんでした。やっぱり、私なんか…恣意的対象になっていただけですよね」


 波音に消され、よく聞こえない程、彼女の声は沈んでいた。



 悄然としてベッドの端に離れて行く。可哀想に、いじけてしまった…。

 俺の貧弱なたがは、その時はずれてしまった。


『ショートリザーブ』



 俺は卑怯技に出ることにした。

 それを決断し、その先を想像した俺は、めっちゃドキドキしてきた。


 これだ!これこそが俺の能力の使いどころだったんだ!

 他の国とか貴族とかと揉めてる場合じゃない!何故、いままでこれに気付かなかった?


 生きる希望を、魂の大命題を、突然発見した気持ちだ。



 突然、前向きに姿勢を変えた俺を、イラーザが半身になって見ている。


「俺はなあ、おまえの胸つついた時、ばっきしたからな」

「え…ばっ?」



「おまえが、そんなに言うなら…」

 そんなにも、どんなにも言っていないのだが、俺はめっちゃはやっていた。

 もしかして、この娘と最後まで行ける。



 本当に、何故今まで気づかなかったんだろう。

 イラーザの手首をつかみ、俺は膝立ちになる。あそこはもうとっくに立っていたのだが。


 彼女の小さな体は、星明りで作られた俺の影に、すっぽりと入る。このまま俺が体を傾けて行けば彼女は、トフンとシーツに倒れるだろう。



 なんと彼女は目を瞑った!イエスだ。究極のイエスだ。


 目を閉じたイラーザ。悩みがあるような半目ではなく。見開かれたレンズのようなぐるぐるとした目でもない。


 俺はこの顔を初めてみた気がする。そう言えば、こいつの目はいつでも閉じていなかった。瞬きの瞬間すら油断しないのか。


 おまえ殺し屋なのか?


 いやいや待て、そんなことを考えてる場合じゃない。


 そのイラーザの、目を閉じた無防備な顔を見ていると、キューッと切なくなる。

 好きだ。俺はこの娘が好きだ。今この瞬間に間違いはない。


 いいんだ?いいんだね?チューしても?



 俺は彼女の小さな口に唇をそっと合わせた。



 前世から、最近の夜まで、スマートなキスの仕方を、枕相手に夜な夜なシミュレーションしていた特訓が実を結んだ。


 ふわっと柔らかく唇を合わせられた。

 フワー!



 それはこれまでに俺が口づけた、どんな物よりも柔らかかった。温かく瑞々しく、不思議な弾力に満ちていた。


 堪らずもう一度口づけた。今度は興奮のあまり、上手にできなかった。でもより強く弾力を味わえた。

 吸いつくす!いかん。激情に押されて野獣のように食らいつきそうになる気持ちを押さえ、無理矢理離れた。


 なんて気色良い感覚なんだ。これなら何十分でも続けられそうだ。彼女を見るとうっとりと薄目を開けて俺を見る。


 好きなようにさせてくれるんだ。なんて可愛いんだろう。食べてしまいたい。



 こんなに鼓動が高まっているのに嫌な気分じゃない。恐怖でなく。緊張でもなく、こんな鼓動はなかった。

 こんなに息を荒げていても酸素が足りない。この時は、鼻息が荒くなって彼女に当たるとか考えられなかった。もう耐えられない。


 ドフンッ…。


 押し倒した。俺は女子を押し倒した。

 彼女のボディは俺の股の下だ。


 小さく…柔らかい。誤って男の上に乗ってしまった時とはわけが違う。

 彼女を見ると、細めたままの目で俺を見上げている。


 俺はちょっと、やり方が乱暴になってしまった事を反省した。獣性を押さえつけるんだ。盛りすぎだ。そっと彼女の頬に手を当てた。


「あぁ…」


 彼女の口からは出たことのない、糸を引くような艶めかしい声が聴いた。


 俺の鼓膜をその高音が振るわせたんだ。その時、俺の興奮は頂点に達し、突然ベリーハッピータイムを迎えてしまった。



『リバーーーース!』


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