第175話

「…だよね」


 イラーザは、純朴な子供のように目をキラキラさせていた。

 これは、悪い事をしている瞳じゃない。


「では、あれも行っときましょうーか!」

 

彼女が指さしたのは、天井から吊り下げられた照明だった。


面倒だよと言いたくなったが、俺は飛べるし、重量のかかった鎖も実は簡単にはずせるんだ。大した手間じゃない。収納スペースも無限大。楽勝だ。

 彼女が一緒じゃなければ、間違いなくスルーしていただろうけど、持って行こう。


 

次は調味料だ。

塩、砂糖、酢、油に各種香辛料、胡椒と唐辛子は別に収納した。俺は沢山使うから。いきなり大量の在庫が手に入って喜んだ。

 

乾燥ハーブに、ゴマ、各種乾物。これらは、調味料とか、調味料とかで収納した。

 


「これも、持っていきましょうよ」

ここでもイラーザは目敏かった。彼女が見つけたのは使用済みの油だった。

 

「ええ…」

「まだ使えますよ。嫌がらせですよ、忘れたんですか。上空から追手に撒いてやりましょうよ。私の火炎魔法が火を吹きますよ。ロウソクだって作れますよ。本当に飢えた時は舐められますし。

 坂道から撒いて、追っ手が滑って行くのを見たくないんですか」

 

「それは見たいね」


 

次は食料。これは割と俺も嬉々として集めたね。

 

肉、塩漬け肉、燻製、ソーセージにベーコン、チーズ、ヨーグルト、卵、蕎麦粉、小麦粉、コーンに豆類。各種野菜。パスタの類、ピクルスなどの瓶詰物。ここで残していくものは無かった。全て必要だからね。俺はほくほくした。

 

もしかすると俺が、十年くらい引き篭もれる食糧が手に入ったかもしれない。

これで俺は絶海の孤島にだって暮らせる。想像を膨らませて、先に行こうとすると。イラーザが肩をつかんで止める。

 

「ちょっと待ってください!あれ、忘れてますよ!」

彼女が指さしたのは開封された数種の調理酒や、瓶詰め物だった。どれも容量は半分以下に減っている。

 

「マジでか…」

「あと、これも」

 

彼女が袋に入れ、手にしていたのはカチカチになったパンだった。石みたいだった。

 あと、鍋とかコンロとか手入れする道具なのだろう、くたびれたブラシ類。それは…ゴミじゃないのか?

 だが反論は控えた。整備用品。大切だ。


 

厨房は、先程までの様子が、見る影もないほど寂しい様子になった。本当にガラーンとした。メンテナンス、清掃用具すら収納したので、残っているのは上下水道が繋がったシンクと、薪で使う窯だけだ。ちなみに薪も頂いた。

 

シンクをも彼女は引きはがそうとしたが、音がするからと諦めさせた。

では次に行こうと歩く。何も無い空間では、わずかな足音すら響いていた。

 

俺は試しに声を出してみる。

 

「わ…ゎ…ゎ…」

 

がらんどうの空間はとても良く声が響いた。

 

「おほ…ぉ…ぉ…ぉ…」

イラーザも真似して声を出していた。楽しい。

 

 

廊下の照明も取った。花台も、ツボも、小机も小さな椅子も、勿論、飾られた盾も、刀剣も取った。そして要らないと思った絵画すら取った。

 

ここでは廊下、廊下、廊下物と名付けて集めた。


 

「待ってください!」

 

イラーザは、掃除チェックする旅籠の女将のように姿勢良く呼び止め、それを指差した。


俺は嘘だろと思ったが、残っているものはそれしかない。彼女が指さしていたのは俺が危惧していた物だった。


前世風に言うと鹿の頭の剥製だ。始末に終えない代物だ。昔の探偵モノにしか出てこない逸品だ。

 

客間の入り口前の広間に、三つの剝製がある。鹿系のモンスターの首二つと、リザードマン的なモンスターの首が飾られていた。



これは無いだろう。そう思ったのだが…。

 

「要らねーだろ。これは余計だろ。もう、時間、押してるんだぞ」

「思い出の一品かもしれないじゃないですか。嫌がらせですよ、苦労しましょうよ!」

 

鼻息の荒い様子、痛快そうな笑顔、彼女の目はいつもの倍ほど見開き、爛々と輝いていた。


俺は思った。この弟子はもう師匠を越えている。

 

 

ここからは駆け足で行く。

財宝。これは文句なく集めた。金、これ取ると本格的に泥棒じゃないかとか思ったが、とっくに本格的な泥棒だった。


報復だし、見つけたら銅貨一枚残さなかったよ。

 

絵画、はっきり言って要らないのだが、嫌がらせだからな。弟子の教えに従い、全部奪った。

 

後は家具類だ。椅子、ソファ、テーブル、チェスト、飾り棚、シーツタオル、布団毛布、カーペット、鏡、天蓋付きベッド、化粧台。靴ベラ、スーツケース。家具家具言いながら集めきった。


家具は意外と時間かからなかった。俺は引っ越し屋ができる。


 

イラーザがカーテン、カーテン泣いたがもう時間がない。捨てられた子供のような表情をしていたが、素直に泣いて貰った。

 

人気のない一階の居室は全て回った。ここは破壊する予定だからだ。


 

アホ程ある洋服も、男女大人子供問わず頂いた。靴も鞄も帽子も手袋だって頂いた。


あと、道具類ね。馬具、遊具、趣味の道具、ホースに釣り竿、別棟にあった工具とか、園芸用品、なんと肥料も頂いた。当然イラーザの指示だ。


 

これは全て、同時進行に行った。厨房用品を集めてから、家具とか分けて進めてはいない。


俺の頭の中に、種別に仮の袋を作り、適宜区分けし、物品を放り込んで行ったわけだ。使い勝手がめちゃ良くなった。

 

それぞれを、持ち上げたりして梱包するわけじゃないので、サクサク進むが、それでも一時間を二回越えてしまった。

 小まめにショートリザーブを更新していたんだ。失敗は許されない。


この間に何か大きなヘマをしていたら、簡単には取り戻せなくなってしまう。重大な失敗をしたのなら、エタニティリザーブを使う事になる。それは本当に避けたい。

 


ちょっと楽しかったんだ。この間の事は消したくない。


俺たちは夜明け前にもう一度街に行き、騒ぎを起こして今日の仕事を終えた。

 


 彼等の朝が来るのが楽しみだった。


 

 

 





 

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