第174話


  物音で覚醒する。上からベッドの隙間を覗くイラーザの目が光る。


二時間程経った。仮眠を取った俺たちは、ライムに必ず迎えに戻ると約束し、狩りに出発する。

 

 

館内はすっかり寝静まっている。

計画通り、警備は出払っているようだ。館内は人気がない。

 

「やるぞ!」

「やりましょう!」

 

先ずは厨房に顔を出す。ここは朝一から活躍する所だ。先に済ませようと決めていた。さて…。

 

「どれくらいかな?」

「全部ですよ!入るんですよね?」


 

「いや…全部はまずくないか。違う意味で大騒ぎになるだろ?」

「大騒ぎ結構じゃないですか。もっと人が減りますよ」

 

そう…だな。人は少ないほどいいけど、集まって来るかも……。

 まあ、それまでには終わってるか。


作戦は成功していた。館内から敷地を見たが、警備兵はほとんど見当たらない。皆、街へ行ったままのようだ。

 屋敷が襲われるとは思ってもいない。

 

「じゃあ見せてやる」

「見ます!」

 

俺は端から収納する。小鍋、鍋、鍋、大鍋、大鍋、フライパン、寸胴…次々と消えて行く様をイラーザは見た。

 彼女は手をばたつかせ、口を開け、閉じて、物が消えた場所を探り、様々な表情を見せ、そして息を飲んだ。 目がキラキラと輝いている。

 

「ふぉーーーー!凄い、トキオ様凄い!こんなふうにしまえるんですね!」


「いいんだけどさ、イラーザ。俺な、覚えてないと取り出せないんだよ。これ多分、もう出て来ないぞ」

 

「そ…そうなんですか?」

「そういう仕様なんだ」

 

様々な用具類の前で、俺はため息をつく。隣に立つイラーザは目を丸くして俺と用品を交互に見る。


 

「覚えてられないという事ですか。覚えてられないと出せない?」

「そうだな」

 

「では、私が索引を作りましょう」

「そんな暇はないだろ」

 

「…………」

 

イラーザは暫く考えて、それから厨房を見渡した。立派な厨房だ。客を百人以上招待する、盛大なパーティーを開催できるキャパシティがあるように見える。

 

前世の一流ホテルの厨房のように、磨き上げられたステンレスで揃えられているわけじゃないが、決して引けを取らないような厨房用品が揃っていた。

 

機器の素材は木製だが、不燃、防水の樹脂が浸透させてあり、木製にありがちな、カビやシミなどは一切見られない。ステンレスに比べて、むしろ高級感がある。

 

魔石をエネルギーとするので、電線やガス管の必要がない。だからこちらの方が、配置が自由で洗練されている感さえある。


 かっぱらって売り払って、その金を街にでも撒いてやれたら、さぞ痛快なのだろうが……。

 

 

「全部ってだめですか?」

「うん?」


「このマルーン邸の厨房用品、全部って区分けは駄目なのですか?」

 

「おお…なるほど。行ける、気がするな」


そんな考え方をしたことはなかった。目から鱗だ。でも、まとめた図が頭に浮かび、ちょっと引っ掛かった。

 

「…けど、出す時、一度に全部出てきちゃうぞ?」


「どこか落ち着いた所で、改めて整理すれば良くないですか?まんま売っても良いし」

 

「やってみよう!」

取りあえず、ナイフやフォークなどの小物を全て、カトラリー、カトラリー、カトラリー、と考えながら収納した。

 

 それからカトラリーを出そうと考えて、収納から引き出してみる。

 お見事、一度に全部出て来た!


 ガシャンと音が鳴って肝を冷やしたが、誰も来なかった。イラーザはさも嬉しそうに、こくこくと何度も頷いた。俺も楽しい。やっぱり仲間がいるって良い。


 

それから俺たちは、勢いづいて進んだ。

貴族の厨房用品、貴族の厨房用品、貴族の厨房用品と考えながら収納する。

 

「これも行きましょう」「これも!」「これも!」「これもー!」

イラーザは、いきなり多額のボーナスが転がり込んだ主婦のように、目を輝かせながら次々と道具を見つけて来た。今日の買い物に制限はないって感じだ。

 

鍋釜、ヤカン、包丁、お玉、フライ返し、ザル、タワシ、皿、カップ、グラス、水差し、お盆、等々。

 

彼女は飛ぶように走り、次々とまとめて持ってくるので大変捗った。以前のやり方なら、死蔵品必至の用品が後で使えると思うと嬉しい。

 テンポ良く区分けして雑多な物を収納していく。

 

「これも行きましょう!」

イラーザには火がついていた。まだまだ止まらない。

 

次々と指定していく。オーブン、冷蔵庫、冷凍庫、野菜庫、製氷機、コンロ、作業台、ワゴン、椅子、バケツ、ゴミ箱。乾燥棚。

 

「おいおい、ゴミ箱はいいだろ。要らないだろ?」

「要りますよ。実は必要なものです。誰の家にでもある物でしょう。それにこれは報復ですから。要らない物でも持っていかないと!」

 

「いや…でもさ…」


「トキオ様が言いました。大きな嫌がらせをするなら、多少自分が嫌な目に遭うのは仕方ない事だ。頑張ろうと!」


 彼女は生き生きしていた。




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