第168話


「やっと居なくなったな」

 

コンコン。

俺とイラーザは窓を叩く。


2階の窓からこんにちは。

 俺たちは縄を使ってぶら下がっているふりをしていた。誰彼構わず秘密を明かしてはいけない。


 

ライムは、それはそれは弾けた笑顔を見せてくれた。

窓は開かない。この窓を叩き壊すと大騒ぎになる。そのまま逃げる事態になると、今回の事件の首謀者を特定できない。

 

それをして、何とかなるかわからないが、このまま行くとライムは犯罪逃亡者として生きて行かねばならない。

その説明をして、後で必ず救出に来る約束をした。


「のんびり待っていてください」


 

去り際に振り向くと、ライムは開かない窓ガラスに顔を押し付けてまで、死角に消えたイラーザを見ていた。


潰れておかしな顔になっている事を指摘して、笑ってやろうと思ったのだが、やめておいた。室内なのに、彼女の下方には、雨の日の窓のよう跡があった。

 

 

それから俺たちは館内に侵入する。


警備兵の大多数は、敷地に配備されているようだ。館内には侵入を許さない配置なのだろう。

 

館の中は無駄に広いが、従者は意外に少数だった。どうやら、召使たちは別館で暮らしているようだ。夜も更けて来て大半は帰ったのだろう。

 

おかげで自由に徘徊できた。倉庫として使われていた大きな部屋で俺は発見をする。そこは配管が剥き出しだった。


 

そうだよ。庶民の家には珍しいけれど、貴族や資産家の家には上下水道がある。それらを人目に触れさせないために、他の部屋には化粧板が天井に貼り付けてあった。


この部屋にはそれがなく、配管が暗がりへと続いていた。ここからなら、屋内の主要部に侵入できる。

 


映画では屋根裏や、空調パイプに簡単に忍び込んだりしているが、本当は相当難しい。それは、人が這いまわれる強度に設計していないからだ。

 

だが、重力を操る俺の場合は違う。体重を軽くすればいい。そう、ネズミ程度にすれば軋み音もしない。行き来は自由だ。

 

俺とイラーザは顔に布でマスクをする。埃っぽいので付けたのだが、なんかめっちゃ上がった。

俺たちは今、悪い事をしようとしている悪者なんだ。イラーザのテンションがそこまで来ないのが残念ではあるが今はしょうがない。これが終わったらきっと。

 

 

宇宙空間を行くかのように、俺たちは埃臭い天井裏を進んでいく。


イラーザには初めての体験なので、最初は難儀していたようだが身体のサイズが幸いしたようで。途中から俺よりスイスイと進んで来る。

 

部屋の間仕切り的に入れないゾーンもあれば、広間のように繋がっている所もあった。

 

ほぼ真っ暗だが、建物の歪みや通風口などで所々明かりがある。


上は二階の床面、下は天井下の灯が漏れている、不思議な空間を俺たちは滑るように進む。


複雑に入り組む、太いパイプを見ていて俺は閃いた。

 

貴族が優雅に朝食を食べている時に、汚水が天井から噴出したらどうだろう。あのスカした奴らが糞まみれ。ヌルヌルして滑ってもう大変。ウププ!


 後ろを振り向く。

悪の子分と化した様相のイラーザは、器用に隙間を這い出して来た所だった。

 

「イラーザ、良いこと思いついたぞ」

「なんですか?」


なんでやしょう兄貴!といって欲しいところだ。

 

「これな、多分下水パイプだ。これを壊してやろうか、酷いことになるぞ!」


「え…それ、糞尿が通っているって事ですよね。それは私たちにも結構な被害出ませんか?こんな狭い所で…」

 

「イラーザ。人がすごく嫌がってくれるなら、少しくらい嫌な目に遭うなんて全然平気だろう?頑張るとこじゃねーか」


「私たちも、臭い思いするんですよね?」

「奴らは糞まみれで転ぶ。それを観てれば耐えられるだろう?」

 

「…流石です。人を超越した考え方です。でも…まあ…後で考えましょう」


「そうか。じゃ、後でな。後で必ずだぞ」

 

念を押した俺に、彼女は何やら引き気味の目を向ける。大分人格を疑われたようだが、妙に称えられるより心地良かった。

 

 

俺たちはライムの部屋を目指しているが、館が大きすぎて自分の居場所が判らなくなってきていた。


暗闇の中、前方下方向に強い明かりが見える。どうやら天井の化粧板に隙間ができているようだった。



 大きな魔石灯をまだ消灯させてない所を見ると、人がいるのだろうか。

 

 

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