第166話


館の白壁に、俺とイラーザは座っていた。地上から見たら有り得ない光景だろう。

 

「このガラスには魔法がかかっているようです」

「そんなのあるのか?」

 

「不壊の呪文でしょうか。この呪力より、大きな力であれば壊れます」

「静かには、壊せない?」

 

「そういう事です」

 

俺とイラーザは、ライムの父ちゃんが馬車に乗り込むのを見送ってから、この窓のある壁に、磯の巻貝のように張り付いていた。

 

二人が連れ込まれた当初から、ライムがこの部屋にいる事を把握できていたのだが、明るい廊下に見張りがいて、換気口もなかったので近づけなかった。

 

一人で、結構上等な部屋に監禁されている様子を見て、乱暴に扱われていた父ちゃんの方を先に見ていたんだ。

 

もちろん、見つかるようなヘマはしなかった。戻った時に小デブとライムが窓辺にいるのをいち早く発見し、その時は隠れていた。


なので、中で何が起きていたのかはわからない。

二人が窓から離れたところからしっかり見ていた。小デブは出て行ったが、まだ女がいるので、未だライムにはアクセスはできていない。

 


「…部屋が暗いので断言できませんが、私、あのお姉さんは見た事があります」

「そうなのか?」

 

 

イラーザはいきなり手を揃えて、頭を下げた。背景は屋根の縁と夜空。耳の前の髪束が垂れる方向に違和感があり、シュールだ。彼女は俺より、屋根寄りの壁に張り付いている。

 

重力操作は、俺自身には自由自在に扱えるが、自分以外は大分使い勝手が悪い。ベクトルをよくよく考えての操作が必要だ。

正方向は当然として、逆方向も自在に扱えるが、横方向はかなり難しい。

 

今は壁方向にイラーザの重力を固定しているが、俺自身、微妙に安心できてない。俺が気を抜いたら落ちるかもよ?

 

そんな状況なのに、イラーザは平気で俺から離れている。慣れすぎだろ。

 

 

「今回の事は、全て私の迂闊さが招いた事件だったのかもしれません。

 ごめんなさい」


「ええ?」

 

「私が、付け狙われていたようなのです。

あの五人の冒険者は、彼女の仲間だったのかも知れません。

 

彼女は、私がトキオ様を探している時に近寄って来ました。怪しいと思ったので妄想話を語っておいたのですが、通用していなかったようです。

 

私をつけ回し、行く先を…トキオ様の居場所を探っていたんです。

だから私は、街を出てすぐに山賊に襲われた。あの時から奴らは私を拉致ろうとしていたんです。


失敗に終わると、クエストを立てた私に乗じて、前から狙っていたライムも攫おうとした。


それはトキオ様を…狙っていたから…。

 

あれ?

繋がり…ませんね?」

 


「時間から考えればいい。起こった順番は変えられない。

五人組は最初からライムを狙っていた。これはおまえの話からして間違いないだろう。

そこに、まあまあの能力のイラーザが現れ、俺の事を聞きまわる。


あの女が……俺の話題でおまえに声かける。調べてみると、おまえにこの街に知り合いはなく。旅人だ。女で弱そうだし、ついでに攫うにはちょうどいい」

 


「えーと?」

「俺は関係無いだろう」

 

「ええ、でもあの女は、最初からトキオ様を探していたんですよ?」

「その話題から、おまえと同行できると思っていたんじゃないか?飛躍しすぎなんだよ、おまえの妄想は」


 

「失礼な……でも、辻褄は合いますね」

 

「まあ、俺をつけ狙っている奴には心当たりがある。パナメーとマカンだ。こいつらからは全力で逃げる」


「トキオ様が逃げなきゃいけない人…どんな人ですか」

 

「マカンはわからない、見たことがないんだ。目付きは判る。爬虫類っぽい、そして変態。アリアーデが好きだ」


「アリアーデ?」

 

「パナメーは、胸が大変なことになってる女だ。年齢は二十七くらい。こいつは不死なのかもしれない」


「胸が…。不死?」


「潜入が得意そうな謎の女だが……そこの娘とは違うと思う」

 

 

 

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