第153話


*馬車


 マカンらを乗せた馬車が街中を行く。

 

「定着する。そういうものなのですね?」


 マカンは顔に張り付いていた笑みを強くする。彼の口は意外にもよく伸びるのだ。左右に大きく広がった。

 

 

「そう言えば長い付き合いだが、私がこの術を使うのを、お前に見せた事はなかったか。ファナ、随分、私の能力に興味を持っているようだな?」


 爬虫類のような視線をファナに絡みつかせる。伸びた口元は更に伸び、耳近くまで広がっている。

 

 

「...心配ですか。私如きがマカン様を陥れられるとでも?」


「愉しみだね。その時、お前はどんな理由で生き返るのか?」


「...私が死んでいるみたいな言い草なのですね」

「お前は生きているのか。好きでもない男に唇を奪われても、なんの反応せぬのに?」


「............」


 さしたる感情も見せぬまま、語るのをやめたファナを、愉しそうに覗きながらマカンは一人で語り出した。

 

「定着などと、そういうのはないな。

私が憑く事がきっかけで才が開く事が多少あるようだが、私のように魔法を操れる事はない。全て私が行っているのだ。


 今、私の耳をすませば、マルーン公の、彼らの歓喜に満ちたパーティーの会話が聞こえてくるのだよ。

 およそ十キロかな。それ以上離れなければ、いつでも私は彼になれる」

 

 一人語りを始めた、マカンの意図は判らなかったが、ファナは自身の興味を尋ねた。

 

「その...マカン様が支配なされている時に、彼はどうしているのですか?

 見えているのですか?支配されて動けない、自身がままならぬ苦しみを、感じているのですか?」

 

「なんだ、ファナ。おかしな所に興味を持つのだな。おまえは憑依されたいのかな?」


「そうではありませんが、どうなのかな...と」


「それは私にはわからないな。心の中で彼と話ができるわけじゃない。

 ただ、私が操るときに彼は邪魔できない。

 今の所、そうして来た奴はいない。


 そうだ。確か、今日のように主導権を放した時に、家族に自身の様子を語った者がいたな...。

 

 私が操っている時は自身がやっている事が、何か遠く、ぼんやりと感じられるのだそうだよ。

 自分でない自分が、無抵抗の民草に魔法を放ったり、悪逆非道な真似をしたりするのを、何故か嫌悪する事なく見ていられるそうだ。

 

 本当の私はこんな事はしない。なんて酷い事を。そう思う自分もいるのだが、途中からそんな気持ちはなくなり。愉しく、心地良く、最後の方は自分が笑ったのか、誰かが笑ったのかわからなくなると言う。

 

 あとは、そうだな…。私も入った体の持ち主のキャラクターに少し影響されるかな」

 

 

「...それは少し、憑依されてみたいですね」


「ふっ、やはりお前は面白い。私もお前に憑依したいと思っている。お前の力を手にできるかもしれないからな。自在に自身の時を戻せる無敵の力を...」


「マカン様はそうおっしゃいますけど、自分の時間だけ戻せるというのは、まるで意味がない事なんですね」


 ファナは興味なさげに呟いた。

 

 

 彼女は窓の外に目を向ける。繁華街に入り、馬車を避ける住民達が左右に割れていく。

 

 老若男女、笑顔の者、疲れた顔、考え事をしているのかぼんやりした顔。それらを見ながらファナは呟いた。

 

「私はマカン様風に言うと、今生きてる気がします。憑依されたい。

 感情というのを味わいたいです。

 誰にでもできたら苦労ないのに...、変な所面倒ですね」


「そのぐらい制限がないと面白くないだろう?世の中そういう風に出来ているものさ」


「どういう事です?」



 マカンは、面白い事を思いついた。そんな目をファナに向ける。

 

「週に一度しかコピ−は作れない。誰にでも憑依できるわけじゃない。コピーは二人まで。それ以上もできるが、私の頭がおかしくなる。


 私は、憑依していた人物が持っている恩恵を手に入れることが出来るが、その全てを必ず手に入れられるわけじゃない」

 

 

「...どうしたんですか。弱点発表会でしょうか?」


「少しはゲームの条件を整えようと思ったのさ。いつかお前が、この私に牙を剥くかもしれないと思うと、ゾクゾクしてね。

 

 この世界ではゲームバランスは大切だ。銀の娘を除けば、おまえも私の特別だ。お前の成り立ちにも私は大変興味を持っているんだよ」

 

 

「相変わらず、気持ち悪いお方ですね」


「辛辣だな」




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