第152話
*白亜館
ファナは椅子に座ったマルーンに目を向ける。
上級の才を得たいという思いは、何もかもを手中にしているはずの貴族の目すら曇らせるのでしょうか。
意識が朦朧としてきたようだ。マカンが憑依するには失神状態が必要という。彼の選択であると見せるため薬を用意した。
頃合いと見た、大仰なローブ姿のマカンがマルーンの両手を恭しく取りると、両者は光に包まれる。
大小様々の文字のような光列がマカンから貴族に吸い込まれていく。マルーンは力を完全に失い、頭を背もたれに倒した。
奥方や家人たちは、少しだけ心配な表情を見せる。
固唾をのんで見守ると、貴族の膝がびくりと動き、彼は目を覚ました。大きな目を開き、自らに巡らせる。
「私は覚醒したのか?才を得たのですか?」
ローブの陰に隠れたマカンの顔は、僅かに頷いたように見えた。
マルーンにはかねてから伝えられていた。術式には全魔力を使うためマカンはその後、暫く自由には動けないと。
彼は代わりにファナに顔を向ける。
ファナは不審に思っていた。マルーンの様相は、前と何ら変わらぬように見えたからだ。
その様子はマカンには見えない。
彼女は、疑問をそのままに乗せた質問をする。
「何かが...自分の身体に、在る感じが致しませんか?」
「...ある。なんかあるな!何か大きな物が私の中に存在している!私は、上級魔法が使えるようになったのだな?」
手をかざす素振りを見せるマルーンを、ファナは強く止める。
「危険でございます!」
「そうだな...危険だな!」
従者に大声で嗜められても、マルーンは喜色満面だった。得意気な笑顔を浮かべ、マルーンは庭に走り出た。
以前と何ら変わらない主人の様子を見て、心配顔をしていた家人たちもホッと胸をなでおろす。
「どうすれば良い?」
私が知るわけがない。ファナはそう思いながらも、伝え聞いた知識で述べる。
「魔法はイメージです。魔力で大気に満ちたマナを反応させるのです。
才はもう備わっているはずです。声に出して見ましょう」
貴族は何かを思い出すように目を上に向ける。
それまでは、マルーンの中にマカンの存在をファナは見てとれなかった。
不意にマルーンの目は急に焦点を外し、ふらついた。
バランスを取り戻した彼はファナに目を向ける。
ほとんど口を曲げないのに、何故か笑いを堪えているよう見える、独特の表情。爬虫類を感じさせる目付きがあった。
ファナは彼を見つけた。
ああ、これはマカン様ですね。
マルーンは大魔法を放った。大きな魔法だった。広大な敷地を持つ彼の庭から溢れ出た光に街の住人をどよめかす程だった。
空を焦がす劫火。舞い飛ぶ火の粉。その中でマルーンはポカンとした口を開けていた。
「...これを私がやったのか?」
「実感が、ないのですか?」
「何かぼんやりして...だが、こう、中から迸って行くのは感じた」
ファナは仕組みの一端を知る。
完全に乗っ取る事もできるけど、こんな風に随時入れ替わる事もできる。要するに魔法を放ったのはマカン様なのですね。
マカンがいつの間にか庭に現れていた。ファナは少し驚いた。
今、魔法を放ったのがマカン様だとすると、居室に残っていた彼がここに着くには早すぎる。ある程度なら、憑依体を操りながらも自身を動かせるという事ですね。
「おめでとうございます。マルーン公」
「感謝する!マカン公、貴方は私の師になった。これからは何でも言ってください」
「才が定着するまで、体にあまり負担を与えてはなりません。
これから三日後まで魔法は控えるよう」
「三日も?」
「無理すると、せっかく芽吹いた才が枯れてしまう事もあります」
「...うむ、わかった!肝に命じておこう」
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