第151話
*白亜館
二階建ての白い豪邸。一階の腰の部分は石造りである。精巧に加工された一つ一つの石が複雑に組み合っている。
その上部分は木造であるが、漆喰を惜しげなく使い、段差なく真白に仕上げられた様に、街の住人には白亜館と呼ばれている。
大きな絵の飾られた豪奢な居室に人が集まり、息を詰めていた。
黒いローブ姿、フードを被った長身の男が椅子に深く腰掛けている。
マカンである。
その対面にも椅子が用意され、そこには小太りのマルーンが座る。
マルーンは、苦労を知らない白い肌に汗を浮かせている。彼はゴブレットに注がれた怪しげな液体を飲むのに少しだけ躊躇していた。
彼は腹を決めたようだ。口に当てると一気に飲み干した。
どうしても欲しかったのだろう、先程見せられたあの力が。
あの力を手に出来るなら何でもする。そんな決意がその目には在った。
マルーンは、この数爵制の世界で、十代貴族と呼ばれる位の、上級貴族ではある。だが、彼は十七爵である。
三桁ある数爵位を持つものがいるこの世界では、まだまだ駆け出しだ。
彼は成り上がりを望んでいた。
数爵を増やす簡単な手がある。実力を示せば良い。王にとって、国にとって有用だと示せば良い。それだけで十や二十は頂けるのだ。
マルーンは魔法の才は得ていたが、いつまでたっても呪文もろくに覚えられなかった。それがとてももどかしかった。
勿論、十や二十を貰えても百代、三桁は遥かに遠い。
彼はそれらを相手にしているわけではない。数爵の近い貴族を相手にしている。
目の前を行く、小賢しい奴らを的としていた。邪魔なのだ。不愉快なのだ。たかが五つや六つ多いだけで上に立った顔をされるのは。
数を上げて、同じように下に見てやろうと考えていた。
マルーンと、対面するマカンの顔は、大きくせり出したローブの影に隠れている。
筋の通った高い鼻だけが少し見えていた。
その闇の中で、彼の紳士然とした顔はすっかりなりを潜めていた。爬虫類の目を眇め、口は耳まで裂けんばかりの愉悦の笑みが浮かんでいた。
近くで見守るファナの横に、マルーンの細君ルイゼが、衣擦れの音だけをさせて近づく。
「これであの人も、呪文を覚えられるのね」
「ルイゼ様、一つや二つではございません。当然覚醒いたします。
それに魔法は威力がものをいいます。
魔力が少ない者の魔法は児戯に等しいものとなってしまいますが、マカン様の能力を賜ればそれはありません...」
「まあ覚醒を...上級魔法を...あの人が、さっきみたいにやれるのですわね!」
「マカン様は治療魔法も扱います」
「神の奇跡、治癒術まで!」
「流石に、全てマカン様と同様というわけにはいきませんが、大抵七十パーセント程のお力を引き継げるはずです」
「あのお力の...七十パーセント!」
口を大きく開きながら、羨望の眼差しを自らの夫に向ける貴婦人に、ファナは声をかける。
「よくよくご覧になってくださいませ。御主人様は生まれ変わるのです。前とは...全てが変わられるでしょう」
「まあ、まあ!夫ながら、羨ましいわ!」
ファナは、マカンの有用な助手の笑顔を張り付けたままで思った。
哀れですね。
何が羨ましいものですか。皮肉を言っているのです。あなたの旦那様は、今から身体を乗っ取られてしまうのですね。
彼の頭の中が、どうなるのかは良くは知らないですが、隅に追われ主導権を握られるとの事ですね。
あの、タイカさんもそうでしたね。言葉遣いは、タイカさん風な時もありましたが、あの時の彼は間違いなくマカン様だったのですね。
ファナは更に思いを巡らせる。
タイカさんは、あの状況を見られていたのだろうか?
気味の悪い話し方で、銀の娘にすり寄る自分の様子を、どう思っていたのだろうか。
幾度も自分の身体が二つにされたことを。彼との凄まじい戦いを。
自分が未だかつて操れた事のない巨大な魔法を放った時、どう思ったのか。
もう、叶わない事ですが、その時の感情を是非聞いてみたかったですね。
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