第150話


*都市門



 豪華な馬車が壁門を越え、街の外に出る。中にはマカンとファナが並んで乗っていた。

 

「あれは、ガンドル王国の貴重な逆心者なのだ。

 あの貴族をここで使い潰すには、全く惜しいのだがな...。

 今から他をあたる暇はない」


「やはり...誰にでも憑依できるわけではないのですね」


「そうだ。だが、手を触れる程度でわかる」

「男同士でそれは、意外にハードルが高いですね」


「そうでもない」


 小さな窓から、流れ行く景色を見ていたファナはマカンに目を向ける。

「男が男に手を触れる機会がそう、ありますか?」


「握手だ」


 マカンは握手の手振りを見せる。

 

「なるほど…」

「それに、私が憑依できるのは男ばかりとは限らないぞ。

 適合するものに、未だ出会ったことがないだけだと私は考えている。

 男なら五人に一人、女なら百人に一人。そういう事だと思っている」

 

「マカン様は、今まで百人以上の女性と会っていませんか?」


「二百でも五百でも良い。何某かのかの難しさがそこにあるのだろう。だが、それが合いさえすれば、私は女にだって憑依できるはずだ」



「マカン様は、女の身体にに入ってみたいのですね?」

 ファナは優しげな目元のままに、はっきりと侮蔑の表情を浮かべていた。


「勿論だよ」

「あなたは大概ゲスですが、そういう所には好感が持てますね」


「辛辣だな」

 マカンは笑みを浮かべながら口髭をいじる。愉しそうだった。

 

 

 畑を拡張するのに邪魔な大木があるという。そこにマカンは、件の生贄の貴族を呼び出しておいた。

 

 馬車の中から目を向けたファナが呟く。

 

「もう、集まっておりますね」

「あの木か」



「マカン公、ようこそいらっしゃいました!」


 馬車を降りたマカン達を迎え、立派な身なりの男が前に進んできた。

 

 背丈は低く小太りで、色素の薄い容貌だ。髪は薄いグレー。額は広めだ。両脇に従者を引き連れている。

 

 今日のマカンは黒のローブを纏っていた。長身を優雅に操り、大仰に振る舞った。

「マルーン公、とうとう月日は満ちました。あなたの番が回って参りましたぞ。星の知らせにより馳せ参じたわけです」


 

 

 マルーンは薄い眉を動かし、大きな灰色の目を見張る。

「まさか...あの力を私に!」


「左様です。これからあなたに譲渡する力を、とくとご覧あれ!」



 周りの木の伐採は既に終えたのだろう。空に突き立つように大木は孤立していた。根回りは黒々とうねり、根の部分でも人の身長を越えていた。

 

「...並べ、巻け、重なり連なれ 炎に通ずる者たちよ、焼き尽くせ!

 炎竜屹立陣、灰塵!」


 マカンは火炎の超上級魔法を放った。

 

 大木は下方から巻き上がる炎に一瞬で飲まれたが、マカンは魔法を放った姿勢を崩さなかった。黒のローブが熱気に煽られ激しく踊る。

 紅い炎は金色に、そしてやがて白に燃え、眩しくて目も開けられない程だった。

 

 火炎の熱は凄まじく、見物に集まった貴族や、その従僕たちの顔を炙った。耐えられず難を逃れようと彼らは距離をとり始める。

 

 大木は下から崩れだした。根元から割れ、白炎に灼き尽くされ粉々に砕けて、音もなく背が低くなって行く。

 いや、音は聞こえていたのだ。だが炎が作り出す轟音の方が、樹木が焼け落ちる音より大きかった。

 

 神が宿っていてもおかしくない、永年を越えてきた大樹は塵芥と化していった。最早、先程まで青々と葉を茂らせていた、多種多様の命の苗床の様子はない。

 

 

 最後に残ったのは大量の木炭である。赤々と燃える小山の様は、人々の言葉を阻んだ。

 

 マカンは何も語らず、纏っていたローブを被り、後ろに下がった。



 ファナがタイミングを計って口を開く。

 

「いかがでしょうか?少しでも気に沿わないようでしたら、私共は無理に勧めません」


「こ、この力を我が物にできるのか...」


 マルーンの白い肌は、赤く燃える炭に煽られて、赤熱していた。大きな灰色の眼は取りつかれたように何かを見ていた。

 

 

「誰にでも差し上げられるわけではありません。星の巡りにより、本日、貴方様は選ばれたのです」


「白金貨、五百枚だったな...」

「左様でございます」


「もし私が、力を引き継げなかったら...」


「勿論、全てお返しいたします」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る