第149話


*小さな宿屋




 小さな宿だ。この辺りではありきたりの、日に灼けて退色した朱色の瓦の屋根を持つ建物だった。場所は表通りから少し入った所にある。


 その屋根の下に、俺とイラーザはいた。

 ダブルサイズのベッド。白いシーツに金貨を並べて見ていた。

 

「金色ですね」

「ああ、金色だなぁ」


 俺たちは床に座り、ベッドに並び、肘をついていた。

 

 白い布地に金色が映える。目がくらみそうだった。

 いいねえ。うっとりするねえ。

 

 ちらりとイラーザを見ると、彼女の黒い瞳には眩い金貨が映っている。

 キラキラしてるね。輝いているね。ちょっと表情はあれだが、その絵が奇麗なのは確かだった。

 

「奇麗だね」

「奇麗ですねえ」


「金貨は好きか?」

「大好きですねえ」


「一枚やるからチン〇くわえてくれ」


「......」


 本当は札びらで顔を叩いたりして、効果を上げたかったのだが、金貨をぶつけるのは野蛮すぎる。

 

 俺はベッドの上の金貨を乱暴に集め、イラーザの膝の上に落とした。

 バラバラと一枚ずつ落ちるように。

「何回分かな…」

 

 チン、チャリン、チャキン。金の奏でる音は以外と軽い。日本の硬貨の方が良い音がする。

 

「え...チン...お金で?」


「なーんてな!」


 説明しておこう。俺は時間停止のカウントを稼いだんだ。別に、あれから変に盛りがついた変態なわけじゃないんだ。

 

 

 しっかり稼げたのだが、ちょと可哀想になった。この世の終わりみたいな。そんなに驚くとは思わなかった。

 実はこの娘のやばい返しがズバっと返って来て、ストップを稼げないかもしれないとも思っていた。

 

 間違いだった。意外にも乙女部分はしっかり生きているようだ。

 

 悪いと思ったので、一割くらいあげようと思っていた分け前を、気前よく半分に引き上げることにした。

 

 そう思ったのだが、イラーザの膝上に落とした金貨は、微妙な所に集まっている。

 いや、別にあそこに集中したわけじゃない。膝近くにもあるのだが、重みで足の間に挟まっているじゃないか。

 

 女子の足の間にある物を。これを、何気なくとるような胆力は俺にはない。

 

 ちょっと考えた。ここで、半分やるよと言い、彼女から残りを受け取るのはなんか恰好悪すぎる。

 

 イラーザの膝上から床に落ちたのは、中金貨一枚だけだった。俺はそれを拾った。

 

「それ全部やるよ」

「まじですか!」


 イラーザはビックリするほど笑顔になった。下を向いた彼女の目には金貨が映って輝いている。かわいく思った。


 男が女の子に金銀宝石をあげるのはこれが見たいからなのだろうか?

 

「おまえ頑張ったからな」


「トキオ様は、何もかもお見通しなんですね。軍資金が減って泣きそうだったんです。あれは、無事戻ったら売るつもりでした」


 イラーザがなんか言ってるが、意味がわからないので、俺は笑っておいた。金がなかったってことだろう。

 

 まあ、羽トカゲはまだ七、八匹はあるし。これからよろしくってヤツだ。

  ハッ!正確な数とイメージを忘れちまった。また死蔵品が...。

 

 

 頭を切り替えて、残りのモンスターをどうやって売り抜けるか考える。

 

「しかし...もうあの手は使えないだろう、どうやって売ろうかな」

「ここでは無理でしょうけど、町を渡る毎に今朝の手を使いますか?」


「怪しいって。ギルドは独立してるわけじゃないから、伝わるよ」


「うーん...あとは闇ルートとかですかね。偉い知り合いとかいませんか?」

「偉い知り合い...」


 偉い知り合いならいる。

 アリアーデには全てバレてるし、多少色を付ければウインウインじゃなかろうか。何故気づかなかった。

 

「イラーザ、この後予定は?」

「ギルド支部に呼ばれています」


「今朝の件でか?」

「それもでしょうが、ガズミガン森林の悪漢どもの話が、まだ終わっていないようでして」


 一体何の問題があるんだ。ちらっとだけ考えたが、彼女が話してくれた、ギルドのドア前のエピソードの方を思い出した。


「おまえを飛ばしたおじさんか?」


「はい、そのおじさんに会いに行きます」



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