第148話
*瀟洒なホテル
大通りから庭木越しに見えるホテルの窓。一つ一つの部屋に意匠を凝らしたバルコニーの付いた高級な宿である。
人影は見えるが、庭の広さのせいで個人を特定はできない。
部屋からバルコニーに進んだ若い娘が、背後に語り掛ける。
「お早いご到着ですね、マカン様。あの時点では、何か知ってそうな娘がいるとしか報告しませんでしたがね?」
続いて、男がバルコニーに踏み出した。年齢は四十程、背が高く姿勢よく、紳士然とした印象だ。くすんだ長い金髪を後ろで結わえている。
筋の通った鼻の下には奇麗に整えられた髭がある。その髭の下の口が笑みを作る。
「その、妄想癖のある娘というのにそそられてね。途中で報告を聞いたよ。
ガズミガンの森林では、随分と頑張ったらしいじゃないか。彼らを逆に捕ら
えるとはね...」
「それなのですが、助っ人があったようです」
「...助っ人か」
「悪趣味が幸いしましたね。イラーザは彼と接触しました。今朝の事です」
マカンの口元は横に伸びた。
彼は、彼女の肩に手をかけるとくるりと回した。そのまま後ろに下がり丹念に眺める。
「パナメー、ずいぶん若返ったな。良く見せてごらん」
「やはり、お前はこの頃ぐらいが良いね」
手入れの行き届いた革靴が前に進み、彼女のヒールを挟む。
マカンは彼女の腰と背に手を回し、口づけをしていた。
「今は、ファナと名乗っています。
あなたは、彼には当分近付かないとおっしゃっていませんでしたか?」
甘い抱擁にも、ファナはまるで表情を変えなかった。
伏せられた睫毛は、伏せられたままであった。
「...つれないな、ファナ」
「何のことですか。私はそんなでしたか?何度も死んで、またいろいろ忘れてしまったようですね」
マカンは爬虫類を感じさせる目をファナに向けた。頬に手を滑らせ、髪を撫でる。束にした髪を引き寄せ自分の口元に持っていく。
「おまえには娘がいた。おまえと同じ髪の色で...瞳は、あの海のように青かった。奇麗な青い目で、前を歩くお前を、走って追いかけてきた」
ファナは、都市壁に囲まれた都市の果ての方に目をやる。白い壁とオレンジ色の屋根が連なる先に、紺碧の海が少しだけ見えていた。
「...!」
ファナは俯き、涙を溢した。マカンは慰めるように震える肩を抱いて、興味深そうに彼女の顔を覗き込んでいた。
バルコニーの出入り口の両側には花台があり、豪華な花が飾られていた。
室内のソファーに座ったマカンが、途切れた話を続ける。
「私は、少々危険だからと、目の前にある宝に手を出さない男ではない」
対面に座るファナは、既に平静を取り戻していた。テーブルにあったワインのボトルに手を伸ばす。
体に悪いよと労わるように首を振り、マカンはその手を遮った。
「今のお前の姿には不似合いだ。十六くらいか」
ファナは不満気だが、取り合いにはならなかった。
「タイカさんでは、無理だったのですね?」
「ああ、私のコピーからコピーを作ることはできない。...彼には、破れたしな。だからだ。やはり、私は彼の未知の能力を得るべきだ」
「ただ、俊敏のスキルを持っていたのではないのですか?」
「違うよ。それなら私はとっくに得ている。彼の速さは世界が違った。
それに彼は、私の前に突然現れた。瞬間移動としか思えない。
それともう一つ、報告を聞いて知ったのだが、彼はどうやってアリアーデの兵士たちを救った?空から落ちてきたと言う報告もあった」
「マカン様は、それらの能力が…欲しいというわけですね」
「そうだ。私の憑依は、オリジナルの私でしか使えない」
マカンは口髭の端の方をつまんで丁寧に整える。
「...いずれにせよ、いつか彼とは対峙することになるのさ」
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