第147話


*ヨウシ市街


 白く塗られた石壁が青空に映えている。教会の鐘楼に人影がある。辺りに

これより高い建物はなかった。商店や民家の屋根は皆、遥か下にある。

 

 細長い筒が水平に向けられていた。筒の先端にはレンズが光る。望遠鏡で

ある。ファナがそれを両手で支え、壁外に向けている。

 

 トキオ達を覗き見ていたのだ。

 

 だが、レンズに浮かぶ画像はかなり荒い。ガラスの質が悪いのである。それに対象は森の中の樹間越しであり、何をしているのかは、詳細には判らなかった。

 

 視野から外れていて、亜翼竜を取り出したことさえはっきりしなかった。

 

 ただ、彼女にはトキオが認識できた。それで充分だった。




 堅牢な石造りの建物には、剣と盾と杖が象られた、鋳鉄製の看板が掲げられている。冒険者ギルド、ヨウシ支部の建物である。

 

 ガチャガチャと鎧を鳴らしながら門兵が駆け込んで来た。

「おーい!お嬢ちゃんが亜翼竜を倒したってー!」


「ハア?なんだよ、ザンボ。いきなり?」

 戸口のところにいた、顔馴染みだろう冒険者が彼に声をかけた。

 

「でっけー、モンスターだよ!」

 ザンボは唾を飛ばしながら、それだけ答えるとカウンターに走る。


「イラーザちゃんが!街の外で!モンスターを!見たんだ、信じられねーほ

ど、でっかい奴だ!」


「落ち着いてください。非常事態ですか?」

「いや、倒した。死んでる!死んでると思う?」


 受付は冷静に話すが、ザンボは興奮していて要領を得ない。

 

 白髪混じりの頭。筋肉質な体つきの渋い男が、カウンター奥のドアから出て来た。

「一体、何事だ」


「マスター、都市壁外にモンスターの、死骸が...?」

「死骸が?」


「倒したのは、イラーザさんらしいです」

「イラーザが…」



 冒険者ギルドは、この世界では、いうなれば有志による民間の自警団であ

る。

 公の組織ではないが、小さな村などでは警察機構の代わりに動くこともあ

る。国家権力の縦方向とは違い、横の繋がりで組織を強固に保っている。



 都市壁の街を出て、森に入って行くと少し開けた所がある。初心者が訓練

したり、魔法の練習をするのでその辺りには樹木が茂らないのだ。

 

 ギーガンの目に、大小の人影が見えて来た。大きい方は定番の鎧を纏って

いる。門兵だ。小さい方は杖を持っていた。イラーザである。

 

 

 ギルド支部長のギーガンはイラーザを知っている。

 会館の入り口で、彼女を転ばせてから仲良くしている。最初は弱みを握ら

れた感じであったが、途中からは姪のように思っていた。

 

 ギーガンは、自分に不機嫌そうな顔をさらして、堂々と接してくる小さな

彼女を愉快に思っていた。

 

 それが先日の事件だ。ヨウシギルドの歴史に残る大失態だった。他国と通

じて、覚醒者を売買しようとしていた者が構成員だったとは。

 

 しかもそれが、正式なクエスト中に行われるところだった。

 

 ギーガンは、自身が勧めた事もあり、責任に感じていた。

 自分達の人生を蹂躙しようとした、男達の末路がどうなったのか、早く彼

女たちに知らせてやろうと考えていた。

 

 だが、何故か事は進まなかった。

 

 その上、憎き悪漢たちは既にギルドの手を離れていた。ギルドが正式に事

情聴取をする間も無く、警吏は彼らを連れ去ったのだ。

 

 しかも、明快な答えが出る事件であるはずなのに、警吏の長は未だ決定を

下していない。

 今、悪漢たちが何処に投獄されているのかもギーガンは知らなかった。

 

 他国が関わっているからなのか。事件の始末が滞るのは良いことではなか

った。

 気になった彼は、ギルド職員とも何度か話し合っていた。

 

 だが、イラーザと共に被害に遭った少女ライムは、街の有力者の娘のであ

る。変な事にはならないだろう。それが大概の予測だった。

 

 

 ギーガンは、頭に浮かんでいたそれらの事を、ため息一つで心から消し去

り、現実に目を向けた。

 

 

 ニコニコと笑顔で待つイラーザの後ろには、亜翼竜の死体があった。

 横たわった姿でも、彼女より大きかった。

 

「イラーザ...これは一体?」

「ちょっと魔法の実験をしていたら落ちて来たんです」


 イラーザは杖をかざす。

「風と炎と交互に出したり、同時に出そうとしたり、やっていたわけです」


「そう...なのか」


 そんなわけはない。

 ギーガンはそんな顔をしていたが、彼女を否定し、且つ納得いく事象を想

像できなかった。

 

 モンスターの死骸は新鮮だった。彼女の言葉を裏付けている。

 

「と、言うわけで引き取って貰いたいんですよ?」



 獲物の受け渡しはギルド内で。そういう規則があるということで、イラー

ザの獲物は小クエストを発注して、ギルドまでの荷運び、それからの引き取

りという形になった。

 

 珍事だった。大型モンスターが街を攻めて来ない限り、その獲物をまるま

る手に入れることはない。

 

 大概は運べるだけの希少部位を取り、食べられるものはその場で食す。食

べきれない、持ち切れない獲物を、冒険者たちは泣く泣く置いて行くもの

だ。後は、森の掃除屋の取り分になってしまう。



 手間賃を取られて尚、大金貨一枚分という大金をトキオは手にした。

 

 大金貨は市場にあまり流通していないので、実際に貰ったのは中金貨四

枚、小金貨十枚である。

 ちなみに大金貨一枚は中金貨五枚の価値。中金貨一枚は小金貨十枚の価値

がある。

 

 小金貨一枚の価値は、庶民の使うまあまあの宿で、一泊朝夕食付といった

ところだ。




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