第145話
都市壁は、空にそびえ立っている。切り出された石で構成されていて、上部は苔か汚れか、黒い筋が長くのびていた。
俺は、遠景でイラーザを見つける。都市門から、トコトコといった擬音が似合う様で彼女が出て来る。
門兵とは随分仲良くなったようで、なんか絡まれている。
きっとまた、一人で出かけることを見咎められていたのだろう。
俺はあそこの門兵と揉めたことがあるが、もう覚えていないだろう。
俺は覚えていない。無理矢理忘れた。
彼女の、この街でのエピソードは、あの岩山からここまでの行程で、あらかた聞いていた。襲われたり尾行したり、転んだり。冒険だった。
驚いた。
突然に炎の球が空に浮かんだ。
門を越えようと待つ人たちの、ちょっとしたどよめきが遠く聞こえる。
あいつは何やってるんだろう?
少し慌てたが、彼女が脅しに放ったわけじゃないだろう。自分が、決してか弱くなどない事を見せるために放ったとのだろう。
そう信じたい。
彼女には街を出て、昼の一時頃にこの辺りの雑木林に来るようメモ届けておいた。
ちなみに、ここの時間概念は俺の元いた世界と同じようだ。俺の中でうまく置き換わっているわけではないと思う。
一日は二十四時間、一時間は六十分。
だがこの世界に正確な時計はない。
昔誰かが作った図表があり、季節ごとの太陽の位置で正確に時間が計れるらしいが、腕時計は無いし、二十四時間で三十分以上狂うような大雑把な時計しか現存してない。
大抵は、町ごとに役所が設置した時計が頼りの、時間にルーズなスローな世界だ。
広葉樹が主に生い茂る森の中の広場。
俺は、樹上から降り、大きな栗の木の辺りでイラーザを呼び止めた。
「イラーザ…」
「トキオ様ー!」
そんな朗らかに振り向かれると照れくさい。俺は何かまごまごしてしまった。視線を躍らせてから彼女を見る。
イラーザは上を向いて目を細める。ほんのり口が開いている。
「なにしてんだよ?」
「え、チューですよね。チューしようとしてましたよね?」
「してねーよ!」
「じゃあ、しようとしてください。大事な物には口づけするものです」
本当に…おまえ誰なんだよ?
待て待て、落ち着け。用を済ませよう。
「メモにも書いただろ、おまえに頼みがあるんだ」
「どうぞなんなりと、おっしゃってください!」
イラーザは片足を引き、胸に手を当てた。従順な召使いのていだ。
本当に愉快な奴だ。
俺はここまで決断できずにいた。彼女に知らせるべきか迷っていた。異次元収納のことを。やっぱり目の前で出すことにした。
イラーザに、更に俺の秘密を見せる。
勿論、周辺に人がいないのは確認している。
「ほきゃ!」
イラーザは、異次元収納から突然現れた亜翼竜の死体に飛び上がった。
「おおう、こいつは我が宿敵?ど、どうやって出したんですか?」
「俺は秘密の収納を持っているんだ。結構…いや相当でかいものを入れておける」
「そうなんですか」
「…これをギルドに持って行って欲しい」
「これを売って、お金にしたいという事ですか?」
「ああ」
「お任せください。なんとかして見せます。幸いなことに、ここのギルドには偉いおじさんの知り合いがいます」
「………それだけか?」
「他にもあるんですか?」
「あるけど…違うだろ。そうじゃないだろ?秘密の倉庫とか、能力の話だよ」
「ああ、それですか。
…そうですね、せっかくの機会だから言っておきます」
イラーザは俺の方を向きなおし、姿勢を正した。そして口を開く。
「あなたがどんな力を隠していたとしても、私は多分驚きません。
あなたは、それを持つに相応しいと思っているからです」
はああ⁉どういう事だ?
「…おまえは何言ってるんだ、本当?」
「私にとってあなたは…」
そこまで言ってイラーザは黙り込んだ。何か思い当たったような顔だ。
「ん、どうした?」
「あなたは、この街の酒場で連れ出した、獣人の子供をどうしたのですか?」
「食べたよ。おいしそうだったから」
そんな事を真面目に答える俺じゃない。バカっぽい顔で語った。
「…やっぱり思った通りの人です」
何故かイラーザは頬を染めた。
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