第139話
「トキオ様――!」
ワールドカップ級の、美しいシュートだったな。もし、蹴ったのがサッカーボールだったら見事にネットを揺らしたに違いない。
イラーザが放った、○玉蹴りへの俺の感想だ。
巻き毛に蹴りを入れ、俺に気付いたイラーザは、両手を広げて駆けてくる。マジで得点シーンみたいだ。俺がアシストしたのか?俺も両手を広げるべきか?
しかしだ。そのトキオ様って言われ方が、少しも嬉しくない。マジで怖い。その場から逃げようかどうか迷うほどだ。
あの蹴りを、いつかあんな蹴りを、こいつから食らう気がする。
いや違うな。俺の場合は後ろから、ナイフで刺してくるだろう。異様に先の尖った呪術的なヤツで。抜く時、痛そうなヤツだ。
ゆっくりと、ズブズブと、刺してくる。期待を裏切った俺を粛清する。
その時の、イラーザの陰に沈んだ顔。血の付いたナイフ。具体的な絵が浮かんだ。
理由は、え?そんな事で?って、つまらない事だろう。
怖い!想像が妙にリアルすぎる。これは予知夢じゃ⁉︎
「イラーザお姉ちゃーーーん!」
俺の横から飛び出した、迎撃誘導弾が危険物(イラーザ)の接近を防いだ。
イラーザは目標を変えてくれた。
彼女らは抱き合って再会を喜んだ。屈託なく笑うイラーザ。おっ、かわいいじゃんか。ずっとそんな顔してればいいのに。
手を繋いでグルグルと回る小学生たち。
尊いね。アハハハ。正統な勇者にでもなった気分だ。
あれ、なんだ?
屈託が…いつの間にかイラーザに屈託が生まれている。
目が半分閉じて額に軽くしわが寄る。誰かを疑っているような、何か悩みがあるような、いつもの顔だ。
どうした?
「あなたおかしいです。よく考えたら私たちは、手を繋いでグルグルやるような仲じゃないです」
「ライム!」
「あなたは…」
「ライム!」
「……ライム、怒っていないのですか。私はあなたを突き飛ばしましたよ?」
「だってイラーザお姉ちゃん、私のためでしょ!私が傷つけられないためでしょ!そんなのわかるよ!」
何故か、イラーザのおでこのしわがより深くなる。
「なんですか、それ?」
「お姉ちゃんを引き戻すために、私を傷つける。そう思わせないためなんだよね。わかったよ!」
へえ、何も考えてなさげだけど、この子賢いわ。俺は感心する。
イラーザは、去り際にこの娘を突き飛ばしたんだな。
流石だ。そこまでやったか。誤解されなくて良かったな。
……おいイラーザ、なんでそんな顔になる。どうしてだ。そこはホッとしたような笑顔だろ。
イラーザは険しい顔をしていた。
誰かが自分の歯ブラシを使い、下水口を掃除してるのを発見してしまった時みたいな顔だ。そのくらいの顔だ。
なんでなんだよ?
友愛が生まれるところだろ。虫でも口に入ったのか?
イラーザの微妙な表情をスルーしてライムは続ける。
「あの時ね、寝てたんじゃなくって、なんかだるくてね、ただ目を閉じていたの。そしたら皆の声が急に変わって…。
私たちを売ろうとしてたんだって。騙してここに連れて来たんだってわかって…。
それでも信じられなった。そんなわけないって思った。でも、皆がお姉ちゃんにいやらしい事しようとして…。
でも本当は、少しだけアクスお兄ちゃん達のこと、変だと思うこともあったの。時々顔つきが変わるんだもん。
でも、そんなのうたがいたくなかった。優しい人達なんだって信じたかった。あの子たちにパンを…あげたかったんだ…」
ここで俺も気付く。元気よく語っていたライムだが、体調が悪いようだ。よく見ると額に汗が浮かんでいる。
イラーザは慌てふためく。優しく導き彼女を座らせた。手首につけられたリングを俺に見せるが何のことかわからない。
「…だからね、こんな事になった時、仕方ないと思った。
私が悪いんだ。バカだったんだって…。
だから、本当にお姉ちゃんだけ逃げれば、いいと思ってた」
俯いていたライムが顔を上に向ける。膝立ちのイラーザを見つめる。
「そしたらお姉ちゃんの…あの言葉…」
イラーザのおでこのしわは浅くなり、目は見開かれた。
「その意味、本当にわかってるかって。
私わかったの。そのかくごがあるのかって。
お姉ちゃんが助けを呼んでくる。それまで本当に頑張れるのか?
でしょ。私わかったの。だから…何があっても、私頑張ろうと思った。
でも、お姉ちゃんは、すぐに助けを呼んで来てくれた!」
「何の話ですか。言葉のまんまですけど?」
イラーザの冷たい声音にライムは止まった。
「町に帰って、あなたを置いてきた事をご両親に責められた時に、あなたに一人で逃げるよう説得されたと言うため、確認しただけですよ」
イラーザはいつもの顔だ。
目を半分閉じた悩みのある表情。面倒そうにライムを見る。
「えー…」
「きっとあなたのご両親の事だから、その言葉を聞いて納得するでしょう。あなたの勇気と優しさに、胸をうたれると思いました」
「えーー…」
「私は、責任から逃れられるなあと、思ったのです。あなたの銅像が作られたら端金を献金しようと思っていました」
「お姉ちゃん……」
ライムは泣きそうになっていた。子供系の泣き顔で。
イラーザ…。どうしてそんな風に育ったんだろう。説得力がありすぎるぞ。マジでそう思われちまうぞ。
なんて不憫な奴だ。
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