第138話


*岩山



 トキオが時間停止をかける寸前、イラーザは思った。


 ちくしょう!来る。アクスが攻撃してくる。


 ニヤニヤと笑い、歪んだ顔が少し変化した。歯を食いしばっている。力を込めているんだ。このままじゃ殴られる、思い切り力を込めて。


 でも、トキオ様がさせない………はず。

 


 その通り、彼女は殴られなかった。目に見えたのはこうだった。


 突然アクスの目が真っ赤になった。充血とかそんなレベルじゃない。オレンジの混じった奇麗な赤だ。そして口から緑のなんかがはみ出ていた。


 何だこれ?



 そして、アクスの方はというと。目を瞑ってもイラーザを殴れる。彼はそう思ったのだが、突然目の前が赤に染まる。

 彼はイラーザを殴ったその先も、いろいろな行動を考えていたのだが、腕が引きつり。耳が遠くなり、口に違和感があった。唐突にそうなった。


 なにか葉っぱのような物が唇に引っかかっている。呼吸がし難い。息が吸えない。吐き気を催すような匂いが鼻に充満する。


 一体何が起こった?


 そんなことを、冷静に考えられたのは一瞬だけだった。それどころじゃなかった。


 腕が変?目だ。目がなにか…。目が…痛いような。

 目が痛い。目が痛い!目が痛い!目がーーーーー!ぎゃーーーーーー!



 アクスの動きには一貫性がなくなり、イラーザが違和感を覚えたところで、彼は不可解な動きになり自分の顔を殴った。


「ぶげうふっ」


 汚い悲鳴を上げると同時に、鼻の穴から何かが飛んで行く。黒い粒が地面に二粒転がる。それは軽く弾力に富む物のようで、ポーンポンと跳ねていく。


 イラーザには、それが何かわからなかった。だが、何か笑えた。

 

「ぎゃあああああぁ、腕…目がぁーーーーーー!」

 アクスは目を押さえ、体を揺らし苦しんでいた。


 イラーザが彼を良く見ると、何か、太い紐のようなものがアクスの腕と首に巻き付いていて彼の自由を阻んでいる。


「トキオ様の紐!」


 ザッ!


 イラーザは右足を引いた。大きく両腕を振り、バランスを取ると、右足を空に届けと背中まで振り上げる。


 華麗なポーズだった。


 イラーザは、足の甲と足首に意識を乗せて蹴り出した。

 股間に向けて。


「死ねぇーーーーーーーーーーーーーーーー!」


 ズドーームッ!

「ぎゃう…」


 アクスの叫びが、伸びを欠いたのは瞬時に気絶したからだろう。



 一点に集中していたイラーザの耳に、他の阿鼻叫喚が届く。首を回して周りを見ると、全ての男が倒れて悶絶していた。


 彼女が噛み付いてやったダルクも。口の大きなジムも、小兵のトーマも。顔を真っ赤にして転がっていた。トマトのように赤かった。汗をかいて艶々に光っていた。


 人って、そんなに赤くなれるんだ。イラーザは妙に冷静にそれを見る。


 皆が目を押さえて。苦しみ悶えている。ポールは手首から先を失っていて、残った片手で、必死に止血しながら助けを求めていた。

「誰か止血帯をー!誰かそこにいないのかーー!ああ、目がーーー!ぎゃーー!」



 イラーザが、気付くとトキオは、ライムを抱いて傍にいた。


 ライムを降ろし、彼女の腕を掴んだままだったポールの手首をつまんで外し、その辺に無造作に放った。


 ボテッ…。

 


 イラーザは震えた。


 ああ、なんてクールなんでしょうか。


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