第137話


 黄色巻毛の奴が、一歩踏み出したのを見て、俺は時間を停める。


『時間停止』



 残念ながらここまでだ。彼らとの会話をもっと楽しみたかったけど。

 彼女たちに被害が及ぶのは無しだ。



 待っていた暇な時間に、俺はいろいろ異次元収納から出して、ポケットや腰のポーチに入れておいた。


 スタスタというつもりだが、音の立たない世界を歩く。黄色巻き毛を見る。この野郎、イラーザを殴ろうとしたな。しかもグーでか。



 この、停まった世界では、事物を動かすことはできない。そういう約束だ。

 彼らの配置を、体勢を変えることはできない。一切干渉できない。


 巻き毛の姿勢を考察する。このまま時を進めると、イラーザは、そのふくふくとした左頬に、体重の乗った一撃を入れられてしまうだろう。



 いろいろ用意してあったが、俺は取りあえず、四ツ目ネズミのウンコを鼻の穴に詰める事にした。

 まだ柔らかいホカホカの物を、大きな葉っぱに挟んで保管しておいたものだ。


 ウンコを保存してるのかって?

 なに、大した事じゃない。俺は嫌がらせのためならどんな苦労にも耐える。

 昔、肥溜めから桶に糞尿を集めたことさえある。移す作業は困難を極めたものだ。でも、愉しみの方が勝っていたんだ。というか、まだ持っている。



 俺の異次元収納は時が停まっているので、四ツ目ネズミのウンコはホカホカで弾力に富んでいる。いい具合に鼻の穴に収めることができた。


 ネズミのウンコはまだ大分残っていたが、これ以上詰めるのは俺の美学に反する。丁度良いという量があるんだ。


 もったいないので彼の耳の穴にも詰めた。挟んでいた葉っぱも、もったいないので、うまく折り込んで唇の内側にはめ込んだ。


 時が停まった世界では何も揺るがないので、こいつの汚い涎が指につくことはないが、歯を食いしばっているので中には入れられなかった。


 悔しい。全く惜しいな…。他に穴はないのか。こいつがヘソ出しファッションなら良かったのに。


 それから唐辛子ペーストを取り出し、目にぐりぐりと塗り込んだ。



 それから、新開発の紐を奴の右手に結ぶ。

 これは超新鮮なアイテムだ。昨夜亜翼竜から引きはがしたばかりの皮だ。


 これは翼に張った膜部分だ。なんか伸縮性があり、ゴム紐みたいに使えると考えて切り取っておいた。うむ、よく伸びる。


 グルグルと捩じり、紐状にして巻き毛の首に結び付ける。この時、彼はガッチリ固定されているのでいくらでも荷重をかけられる。


 俺は彼の背中に垂直に立ち、肩にかけて引っ張った。俺は自重も操れるので凄いことになる。


 時が動き出した時、こいつの手首はいきなり二百キロ程の力で引かれる事だろう。


 多分、自分を殴ることになるな。いきなり動きが変えられるから、ブチブチと筋断裂するかもしれないな。

 


 停まった世界のイラーザを見る。



 キュンと来た。無茶な指示出しだったのに、あまり怯えた風がない。バカだな俺を信じたのか。


 さっき触った胸にそっと手を伸ばす。固い。マネキンのように固い。


 俺の止めた世界では、俺の持ち物以外、すべての物が揺るがないんだ。身を包む服地も、柔らかいはずの胸も、まるで揺るがない。


 だから固い。しかし俺は先程の感触を思い出せる。このとんがり部分がフニフニだった。固くても良い。なんか形がわかる。


 固いから痴漢じゃないよね?

 あーだめだ。だめ。油断しちゃだめでしょ。

 

 俺は気合を入れ直し、仕事をはじめる。紐魔術は下拵えが大変だ。


 リッチラン軍の奴らと違って、こいつらは生粋の悪人だ。目に唐辛子を塗るのにも弾みがつく。


 くすくすと笑ってしまう。


 他の全て終わらせ、ライムを捕まえた男の方に行く。

 酷いことするなぁ…


 ライムは腕をねじ上げられ、顔は地面を向いている。

 その頬には透明な涙が張り付いている。ちょっとタイミングが遅かったようだ。ごめんね。反省する。


 彼女の涙に触ってみるが、やはり樹脂のように固い。


 イラーザより少し大きいが、見た感じ、十二歳って感じだろう。腕を掴んでいる頭巾男を改めて見る。

 張り付いた笑顔に妙に力が入っている。愉しいんだろう。この野郎…。


 俺は剣を抜く。

 角度を考え、軌跡を考え、剣を振る。何度か素振りして、この軌跡に間違いないことを確認する。


 この世界でのお約束だ。勿論俺に、この止まった時間の中で彼の腕を切ることはできない。


 だから、構えてから時を動かす。


『解除』

『超速』


 ザンッ!


 彼らには、俺が瞬間移動したように見えただろう。

 突然位置を変え、現れた俺は、頭巾の男の腕を断ち切った。


 人の数倍の速さで動けるのだ。角度に制限があっても、人の腕を切り落とすなんて他愛ないことだ。


 ましてや俺は、今、彼の後ろに回って構えたのではない。とっくに構えていたのだ。態勢は既に整っていた。



 男は力を込めていた手がいきなり消えて、体勢を崩し膝をつく。

 大口開けた驚愕の表情で、手を失った手首を見ていた。俺は超速中だ。物がゆっくり見える。歯と歯をつなぐ涎が汚い。キラキラさせるな。


 自由になったライムを優しく動かし、一歩下がる。自然と倒れるライムの腹に手を入れて抱き上げる。イラーザの方が軽いな。

 

「…ひっ」


 息を飲むような悲鳴が僅かに聞こえる。俺は努めてゆっくり進む。高速で走ると彼女が気絶するだろう。


 だが傍から見れば、そこそこの高速で俺は動いているんだろう。


 背後から、あちこちから、男の汚い絶叫が耳に届いた。全ての奴らの目の玉に唐辛子ペーストを塗り塗りし、その他動物の糞も入れて置いた。


 俺はもったいない運動肯定派だ。なので出した物は余さず全て使った。

 重ね重ね、悔しく思うのは入れる穴が少ないことだ。


 イラーザのそばで止まり、ライムを降ろす。

 黄色巻き毛は、バランスを崩し倒れるところだった。


 ちくしょう、卑怯だぞーと言ってやれなかったのは残念だが。



 彼らが、勝ったと思った瞬間に負かしてやった。

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