第134話
*岩山
ロケット花火の集合合図で、岩山の前に最後に戻って来たのはアクスだった。辺りを見回しながら集団に加わった。
少し離れ、一人で思案顔をしていたポールに問いかける。
「どういう事なの?」
「アクス。周りに、誰かいたかー?」
「ざっとだから確実じゃないけど、見た感じはいないね。いても一人二人だろうね」
「まじかー…」
ポールはトキオに不審の目を向ける。意図がわからないのだろう。
広場の端にいた彼は、暇そうに足元に落ちていた薪を蹴っていた。ポールの表情は困惑の度合いを深めた。
アクスは、それを眺めながら、残りの三人の中に入っていった。彼らは肩を僅かに揺らし、押し殺した笑い声を漏らしている。
「ぐふふ、アクス、いないんだな?他に?」
ダルクは大きな体を屈めて、吹き出しそうな顔でトキオを見ていた。
「…だと思うよ」
「ぐふふ、やっぱアイツ馬鹿だぜ!あんな馬鹿見たことねえよ。ぐふふ、早くあの馬鹿締め上げてやりてーぜ。ガキを取り返してやるぜ」
トーマは素直に驚きを表している。信じられないといった顔だ。
「…本当に、近くにあの女いんのかよ?」
ジムは、はしゃいでいた。緩んだ大口を開けて意見を述べる。
「ギャハハハ!なんてバカな野郎だよ?人質助けに来たってことは、人質が効くって事だろうが。わかってねーのか?
どう考えたって、先に忍び寄って開放するべきだよなあ。なんで俺ら集めるんだ?とんでもないアホだぜー!」
アクスは彼らには応えず、振り向いてポールを見た。彼は未だに、不審な表情を解かずトキオを観察している。
向き直って三人に声を掛ける。彼らと違って真剣な顔だ。
「…どうやって、イラーザを引きずり出すか、決めてるの?」
ジムが懐からナイフを取り出し答える
「ライムにゃ、ちょっとかわいそうだが、血を見てもらう。顔に傷つけなきゃいいだろ。そうすりゃ慌てて飛び出てくるだろーよ?」
「イラーザは、一度捨てて逃げたのに?」
「ああ。でも、こーして取り戻しに来たじゃねえか。あれは、ハッタリだったわけだ」
「人質は効かないっていうよ。あの姉ちゃんの精一杯のポーズだったわけだが、あの馬鹿な小僧が、台無しにしたわけだろうぜ!」
ジムとダルクが確信したように述べた。
「…だとしたら、確かにバカだねえ。でもさ、何かあるんじゃないの?そんなバカ普通いないよね」
「いるんだよ、あそこに!」
「アイツだよアイツ!」
「あんたらは…本当にバカだな」
「なんだと!」
「考えが単純すぎるでしょ。バカだからバカな事をするって。バカな振りをして油断させているのかもしれないよ。
とにかく僕たちはそのバカに、一網打尽にされる位置につかされてる」
「………」「……」「……」
アクスの言葉に、三人は辺りを見回す。森の中に視界は無いが、大勢の兵隊が、今にも号令と同時に飛び出してきそうに感じた。
「確かに…」
「いつだって、先を予想して行動しようよ。
イラーザの事、僕は反省してるんだよ。まさかだよ。まさか彼女に疑われてるなんて思ってもなかった。
あんな用意して…。考えてみたら彼女はあの時、逃げるタイミングを図っていたんだ。一人ならいつでも逃げられた。実は上に立たれていたんだ。
人ってのは、そうは侮れないものだよ。皆、命が懸かってるんだからね」
「おう…わかった」
三人は神妙な顔つきになった。
ポールが後ろから、アクスの肩を叩いた。彼は途中から四人の会話を聞いていた。
「アクス、おまえに任せるぞー。頭と口の回るところを見せろ。
ジム、おまえがついて行け。油断するなよ」
「おう!」
「ライムは俺が連れて行くー。絶対に放しはしない。
ダルク、トーマは俺の補佐しろー。ライムちゃんが逃げ出そうとしたら結構手荒にしても構わない。後でポーションを使えばいいさー」
「手荒ね、ぐふふ…了解だぜ」
イラーザは、岩山の上から俯瞰でその様子を見ていた。
アクスとジムがトキオの前に立った。イラーザの真下に、ライムが連れて来られた。後方に開いた形でダルクとトーマが付き従っている。
ライムと手を繋いで笑顔を向けているのはポールだった。
彼女の体は彼から逃げている。
イラーザは、多少不安になって来た。
五人の男達の実力を知っている。彼女の知っているトキオは普通の冒険者だ。五対一で勝てるような実力を見せたことは一度もない。
…大丈夫ですよね?
「お兄さん、僕はアクスって言うんだ。あのさ、ちょっと誤解があると思うんだよね。ところで、君は何て名前かな?」
アクスは両手を広げながら、戦意のないことを示し、トキオに近づいた。
「おまえに語るような、安い名はない」
斜に構えたトキオは感情なく答えた。
イラーザは両手で頬を包みうっとりする。
ああ…恰好良い!痺れる!
「困ったなあお兄さん。誤解なんだけどなあ…。
まあいいや。
僕らは依頼されて動いてるんだから、雇用主が解除って言うなら従うよ?
ライムちゃんもそれが良いっていうならそちらに預けるけど。
でもそれはさ、イラーザに言って貰わないと。
君が代理人だって保証はないでしょ?
今の君、ただの人攫いだよ。いきなり現れて女の子寄こせなんてさ?」
トキオはアクスの言葉に頷いた。得心がいった顔をする。
「おお、一理あるね。そうだ、そうだ。そりゃそうだ。ちょっと待ってね」
崖上のイラーザには、会話の全てがはっきり聞こえるわけではなかった。
今なんて言ったんだろう?
そう思ったところでトキオが岩壁を登って来る。
昇って来ると言っても垂直の壁である。
フリークライミングは技術と経験に基づいて、僅かな手がかりを読み取って、ルートを攻略するものである。理にかなった動きで登攀する。
だがトキオは、するすると登って行く。その動きは理にかなっていない。重力を操作しているのだ。日常の物理では考えられない、不思議なバランスと動きでするする登って来る。
ゴキ〇リが、何もない壁を移動する光景にそっくりだった。
その気味悪い動きに唖然とするイラーザは、唖然としながらも理解した。
秘術をお隠しになっているのですねトキオ様は。流石です。そう、闇の者は簡単に手管を見せるものじゃないです。
トキオの思った通りの洞察力を持っている。
異常な様子を見て、口の開いた男達はもっと考えるべきだった。見た事がないものを脅威に思うべきだった。
だが彼らは、気色悪い妙なスキルを持ってる奴だ。くらいにしか思わなかった。
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