第135話

*岩山


 トキオが不思議なバランスで頂きに立つ。

 それは、階段がないのに階段を上がって来た風だった。


 イラーザが出迎えると、トキオは背を向け、少し屈む。


「イラーザ、背中に乗れ」

「いいんですか!」


 イラーザは抱きつくように背に乗った。

 ハア、ハアと息を荒くしている。頬を寄せた彼女はもう何も考えてなかった。



 男達はさっきより凄いものを見た。二人分の重さを支えても、トキオの動きには変化がなかった。


 まるで滑るようにトキオは降りて来た。岩肌に当てた手が、他をつかむ前に、彼の位置は変わっていく。するすると垂直の壁を降りて来た。


 流石に、Gのように頭が下向きではなかったが、物理的に異常だった。



 男達は、その様子に目を丸くしてはいた。

 だが笑ってしまう。

 トキオのその脅威は二の次だった。それより喜びの方が勝っていたのだ。


 こんな馬鹿がこの世にいるんだ!

 欲しかったものを連れて来てくれた!

 バカだ!


 女二人売り払って大金手に入れるはずが、一人取り逃がしてしまい、危機が訪れていた。風前の灯火と化していた自分たちの運命が今、変わったのだ。

 


 さっきまでは山狩りに遭う心配をしていた。それが解消された。手配書を町中に張られ、奔放な生活が制限される。この辺りではお尋ね者になる。あの店にも、あっちの店にも、もう行けなくなる。


 そこそこ、いい男に振るまっていたのがパーになる。国を裏切り、年端も行かない少女を攫おうとしたのだ。クソミソに言われるだろう。

 二度とこの辺りには近づけない。そう思っていた。


 そんな心配がいきなり消えたのである。

 馬鹿のおかげで。

 


 その馬鹿な男トキオは、背中に張り付いていた娘を引きはがして、前に送り出していた。


「はい、イラーザ。言ってあげて」


 トキオから前振りは何もなかった。いきなり言えと言われたイラーザだが、彼の顔を見てコクリと頷いた。



「今から、あなた達は地獄の責め苦を味わいます。闇の神の、苛烈極まる罰を思い知りなさい。救いは、早く願う事です。殺してくれと!」


 イラーザは、何かの役者のように決め台詞を放った。斜に構え、腰に手を当て、指を向けていた。


 トキオは膝が抜けそうになる。


「……違うだろ、誰がかっこいいこと言えって言ったよ!ライムを返してください。クエストを解除しますだろ!」


「ーーーーです!」


「くっこの女…、まあいいや。聞こえたろ?ライムって子を連れて来い」

 トキオは疲れたような顔をして、男達に手を向ける。渡せというポーズだ。

 


 悪漢達は、もう耐えられなかった。吹っ切れてしまう。

「ギャッハッハーーー!」

「嘘だろ…信じられないアホだぜ」

「有り得ねーーー!」


 距離を取っていたポールも近づいてきた。もう不安要素はないと思ってしまった。

「なんなんだー?こいつはー!」


 ジムも、すっかり警戒を解いて前に出る。

「おい、イラーザこっち来いやー。調子に乗りやがって、今なら許してやるぜ?」


 ダルクは、ポールに倣って警戒を解いた。腰を振りながら声を上げる。

「俺は許さねーよ、姉ちゃん!ぐふふ、この傷にかけてな!ひいひい言わせてやるからよー!」


「ヒッヒ、まさか、もう一度会えるとはよう!楽しみだなあ」

 小男のトーマが舌なめずりする。


「なんで!お姉ちゃん?なんで戻って来たの!」

 ライムは泣きそうだった。


「イラーザちゃん。お父さん泣きそうになっちゃったよー。もう君のストリップ見られないのかと思って。君を抱けないのかと思ってさー!辛かったよー!」

 ポールは片手でライムを捕まえながら訴える。


「イラーザ、君もバカな助っ人を雇ったもんだねえ!」

 アクスは皆と同じように嘲笑はしたが、まだ警戒を解いてはいなかった。


 イラーザは軽く振り向き、トキオを見る。彼は平然としていた。ならばこのまま行くしかない。さっきと同じポーズを取り、声を張った。



「愚かな。馬鹿は、おまえらです!軽んじられた闇の神の怒りを知るがいい!」




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