第132話


*岩山



 ポールは声を潜める。

「ダルク、仲間を皆んな集めろー」


「馬鹿言うな、今、洞窟を開けたら、みすみす姉ちゃんを逃がすことになるだろうが。あの女は、絶対まだあそこを抜けてねえ」


「落ち着けー、イラーザちゃんはさ…」

 ポール、勘違いするなよ。あの女に絶対復讐してやるとか思っているわけじゃねえぞ。あの姉ちゃん逃したら、俺たちは終めえだろ。軍隊に山狩りされんぞ」


「それは判ってるさー」

「ならよ…」


「馬鹿だなーダルクは。あいつが何でここに、現れたと思う?

 可能性は二つある。イラーザちゃんが本当に慎重でー、いざという時の為に人員を用意していた説。

 もう一つは、逃げてる途中でー、偶然出会った親切な人に頼んだ説だー」


「そうだな…用意して…たんじゃねえかな。そんな親切な奴が、こんなトコに居んのは有り得ねえだろ」


「それはさー、今はどっちでもいいんだ。いずれにせよ、イラーザちゃんがあいつに頼んでここに案内したって事さー」


 ダルクの額にしわが寄る。傷跡もつれて動いた。

 なんだこの野郎、おまえが言い出したんだろう。そう言いたげだったが、続く言葉の方が遅れて頭に入った。


「…連れて一緒に…。姉ちゃんは、あいつと一緒に来てるって事か?」

「そーだろー。女の子を放って置けるトコじゃないだろー?」


 ポールは首を傾け、辺りに顎を向ける。朝焼けにオレンジに染まる樹木。剣のように空にそびえる険しい岩山。文明の欠片もない。


「ぐっふっふっふ、バカな奴だな。のこのこ出てきやがって…」

「だから、おまえは馬鹿だって言ってるんだよー」


「ああ!」

「一人のわけないだろー。あいつまるで怯えがない。おまえをやった時、そんなに余裕がある動きじゃなかったのになー」


「俺はやられてねえよ。油断しただけ…」


 ポールはいきなりダルクの首を掴んだ。

「油断するな。もう二度とな…。おまえがイラーザちゃんを手放さなければ、こんなことにはなってないんだー」


「おい、あれは、おまえだって楽しんで見て…」

「あいつの余裕には、何かしらの奥の手か、それなりの理由があるんだー。そう思え。もう二度と油断するんじゃねー」


 ミシッ骨のきしむ音が鳴った。ダルクは抗わなかった。両手を上げる。


「…すまねえ。もう油断しねえよ」

 


 

 岩山の上部は、まだ低い位置にある朝日に照らされて明るいが、下部はまだ森林の影が覆っていた。 


 イラーザは、その朝日に包まれた世界にいた。俯せに寝転がっている。両手で顔を支え、まだ暗い下方の様子をうっとりと見ていた。


 たまの休日のリビングで、のんびり雑誌を見ている女子のようだった。


 トキオ様、トキオ様。トキオ様は無敵。空を飛べる。


 何一つ心配はない。私は見ているだけでいい。何かするのはむしろ邪魔。そう思って見ていたのだが、様子を見ていて少しずつ心配になってきた。

 


 何故ライムの安全確保から、しないのでしょうか?


 さっき見た時、岩の奥の所に確かにライムは居たのに。あの人達に好き勝手に、会話させて大丈夫なのですか?


 悪党なんですよ。うわっこっち見た。


 突然、辺りを伺うように見上げた彼らの視線を避け、イラーザはトキオの方に目を向ける。


 なんと、彼は腹を掻きながら欠伸していた。



 イラーザも余裕を取り戻した。きっと彼には散歩のついでみたいな物なんだ。

 めっちゃ余裕です。素敵!

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