第127話

 ああ、見たいとも!ピュアな俺はそう思った。


 でも、そう言うわけにもいかないよね。そんな鬼畜みたいな。いや、だからそんな話じゃなかったって。

 俺が黙っているとイラーザが口を開いた。

 

「さっきも…その寸前だったんです。私は、もう少しで裸に剥かれる所でした」


 そうだったのか。

「そう…なんだ。それは…」


「人に晒したことはありません。私の初めてを、見て…おいた方がいいですよ。初めては…初めて見る人だけの特典です」



 なに言ってんだ、こいつは。なんか話がずれて来てないか?


 何を考えているのかわからない娘だったけど、ここまでじゃなかった。大分頭打ったのかな。治癒で治らないのか?


「見たいですよね。トキオさん、私の身体?」


 こんな娘じゃなかったので、この娘に対する話し方を忘れてしまった。素で返す。


「見たくねーよ!ちょっと落ち着けよ。何言ってんだ、おまえ?」


「ええ…あんなに視姦してたじゃないですか!穴が開くほど…見ていたじゃないですか…」


 

 親がいるからと誘い出されたが、親は不在。背後の男に、ガチャリと鍵を閉められた乙女のような表情で、イラーザは俺を見る。


 信じられない。私を裏切るんですか?嘘だったんですか?そんな目だ。

 そんな目を向けられても困るな。



 そんなにか。マジでか。俺はそんな確信を持たせる程、この娘を視姦してたのか?


 いやしてないよ。絶対してない。俺は紳士だよ。

 ……証拠ないよね。

 


「見てねーって…」

「私は!小さな鏡を用意して、死角からあなたの視線を探っていたんですよ?」


 マジか、おまえそんなテクニックを使って…。

 こっちを向いてないと思って油断して、ガン見していた所を見られていたのか。

 …しまった。


 てか、どんな技だよ。鏡を用意するな!怖いよ!


「僅かな膨らみを作り出している、私の胸がどんな形なのか知りたいんですよね?探求心で見たいですよね?」


 おまえ、なんで俺の発想を見破ってるんだよ!

 思ってたよ。なんか、こう、小さいながらも形が良いんじゃないかとか思ってたよ。

 でも怖いよ。認めたくない。


「見たくねーよ」

「見たいと言って…ください」


「言わねーよ!どうしたおまえ?俺は誰としゃべってるんだ?

 おまえ一体、誰なんだ?実は偽物か?

 俺は今、幻術使いの攻撃を受けてるのか!」


 だが俺は、激しく突っ込みながらも、会話相手に確実にイラーザっぽい所を感じていた。言いそうだった。確かにそんな発想持っていそうだ。


 ただ表に出しすぎ、激変しすぎだ。

 


「言ってください…。我ながら…悪くは…ないと…」

 イラーザは俯いてしまった。



「お願い…です」


 少し肩が震えて、涙声になっていた。あれ、俺、泣かせちゃった?


 俺そんな酷いこと言った?

 言ったな。言ってるな。結構酷いこと言ってるな。


 でも、今の掛け合いの中じゃしょうがなくない?

 


 いつもなら即謝りするところだったし、お願いだって聞いただろう。


 だが、俺は生まれ変わっている。ニュートキオだ。

 キャバクラみたいな名前だが…。



 世間で妖精のようと称される女子に、一発やらせてくれと直接言ったことがある、勇気のある男だ。


 すげーな、相当だ。


 

 俺は急に自信を取り戻し、膝をついた。まっとうな男として尋ねる。

「イラーザ、言ってみろ。どうしたんだ?」


「女の子と…約束しました」



 土下座の姿勢は変わってないが、地面に置いていた手はいつの間にか拳が握られていた。傷は無くなったが汚れはついたままだ。

 


「ふぐっ…うっ…!」

 

 嗚咽なのだろうけど。大きかった。いきなり鳴ったような音に、耳を澄ませていた俺はびびった。


 びびってのけぞった態勢を、悟られないようにそっと戻す。

 びびる気持ちもわかって欲しい。だって、彼女の今の様子はかなり普通じゃない。


 落ち葉まみれで、あちこちに流れて絡まった髪の毛の形は、怪談映画の妖怪の姫さながらだ。白い着物だったら即逃げしてる。


 

「女の子に…係を与えてきました。彼女はまだ…悪人達の中にいます」


 長い髪が、垂れていて、彼女の顔は、表情はまるで見えなかったけど、時折なにかが光っては落ちる。



「あの子は待つ係。私は…助けを呼ぶ…係です」



「ああ、そう。要するに女の子を置いて逃げてきたんだな?」

「違います‼︎」


「え、置いてきたんだろ?」

 

「ち…違います。彼女は待つ係です。私より…無力だったから。

 …ウッ…私は戦い…助けを呼ぶ強い係の方、そっちの係なんです!」

 


 何言ってんだこいつ?

 

「助けを呼びに…来たんです。お願いです。今、私に呼ばれてください!

 逃げたんじゃないんです。

 

 ヒック…あなたに会えなければ…。ただ、死んでいたかもしれない。

 本当はそんな実力もないのに…受けてしまい…した。

 でも、奇跡が…あなたに会えた。……本当に会えた。


 …ヒッ…。この幸運に…すがりたいのです」

 


 ぽつりぽつりと出てくる言葉。


 嗚咽を押さえるため、息を整えながら、少しずつ紡がれる言葉に、彼女のわけのわからない拘りに、普段俺の体にナチュラルに渦巻いている毒成分が全て消えてしまった。

 

 わかりたくもない、変な女の心を理解してしまった。

 俺はわかってしまった。


「逃げてない…。

 私を…私のような女の身体をエロイ目で見る輩の中に、私より成長した。

 私より無力な少女を…私は…置いてきたけど。

 怖いから…逃げて…ない」

 


「イラーザ…」

 

「私は…絶対に…怖かったんじゃない…」


 

 どうやら悪漢に拉致されたんだろう。そして、一緒に捕まった無力な女の子を置いて、一人で逃げて来た。

 イラーザには、彼女だけを逃がす選択肢はなかった。

 

 自分が足止めをして、子供を逃がしてやる。そっちのが全然楽だし、よくある話だろう。だが、ここではできなかった。


 この娘は怒り出すと手に負えない性格だ。殊更自分を大事にする様子はない。自分の命が惜しかったんじゃない。

 

 ここで少女を逃がしても、生きていけるわけがない。

 一人で死ねといっているのと同義だ。


 自分が逃げるしかない。いや…戦いに出て、助けに戻るしかない。

 

 私が助けを呼んでくる。そう決断したんだろう。

 置いていく。それが正しい判断。


 至極論理的だ。

 正しい。


 だけど、そう決めた時、失敗した時の事をどう思ったんだ。

 悪漢の中に女の子を置いて行く。失敗はしない。

 

 計算高く行動する。

 お為ごかしより、実を取る。


 でも、今回は怖い方に手を出した。

 この娘は難しい事をやってのけようとした。


 そう決めたんだ。


 そう決めて、彼女は随分傷ついてしまったようだ。


 頑張ったんだな。


 俺が見た、彼女の最後の様子を思い出すとハートレスの俺でも胸を打たれる。



 俺にしては照れもせずに思えた。


 高潔な娘だ。


 

 この捻くれた、世を拗ねているような、いつも眉間にしわを寄せる少女は、意外にも高潔な人間だった。


 きっと俺が現れなければ、まだ頑張ったのだろう。

 挙句に自身まで差し出そうとするとか。


 

 俺は手を伸ばす。魔物の姫のような、顔に覆いかぶさった髪をかき分け、丸いおでこを露出させた。

 

 何をするのかと、イラーザは涙でぐちゃぐちゃになった顔を俺に向ける。


 パシッ。


 何故か俺は、軽く叩いていた。


 カッコいいじゃねーか、とか思っていたのに、俺のどの感情がやらせたのかはよくわからない。


「あうっ?」



「後は任せろ。俺はおまえに呼ばれた」


 イラーザの瞳が大きく見開かれる。同時に大粒の涙が両目から落ちる。


「どこだ、千の兵隊より頼りにしていいぞ」



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