第119話
*岩山
その流れを掴む。イラーザはそれだけを思っていた。
今更、言っても無駄なのに、それでも憤りを語りたい。そんな義憤に満ちた、正義感を持った少女。
精一杯この理不尽から逃れるために抗う。まともな言葉を紡げば、伝わるかもしれない。悪人たちの心を正せるかもしれない、そう信じている少女。
今のイラーザは、そんな少女だった。
「この子はね、おバカなお嬢さんですよ。確かにね!
まだ自分で歩けもしないのに、誰かを助けようとするなんて。大馬鹿野郎ですよ!私の嫌いなタイプですよ!
でもね、好きじゃないです。もっと嫌いです!人を騙してそれで悦に入るような奴らは!」
男達は、悪魔の仮面のような笑みを浮かべた。彼らはそれに乗った。持って行かれた。
体調も悪く、ふらついているのに、吠えずにいられない。怒りに燃えた熱血少女に強い興味を覚えたのだ。
「それでー、イラーザちゃん。嫌いだからだからどうなのー?」
「恥ずかしくないんですか、ポールさん!あなたには子供がいるんじゃないんですか!」
「ごめーん、イラーザちゃーん。あれは嘘だよー!」
ドッと笑いが起きる。皆上体を逸らし、互いに顔を合わせて、笑いを濃くし深め合った。
「お父さんなー、実はただの少女恋野郎なんだよー。イラーザちゃんは大人なんだよねー?合法だー、最高だよねー!」
「そんな…嘘って…、あ、あなたは何のために、そんな…」
「騙すために決まってるじゃない。バカだね、イラーザは」
「あ、あんた達は人間の屑です!許せない!」
「ギャハハ、許せなかったら、どうするっていうんだ。おい、イラーザ?
魔法を封じられた魔法使いなんて、何の役にも立たねえだろ?
愚かだぜ。もっと対策するべきじゃねーのか?」
「ぐふふっふふ、さあ、どうすんだよ姉ちゃん!また腕に噛みついて見せるか。ほれほれ?」
アクス、ジムが互いに肩を揺らしながらイラーザに迫る。ダルクは黄色い歯をむき出しながら、瘡蓋が付いた腕を上げる。
「イラーザさあ、それだけなの?罵声を浴びせるだけなの?
それだけじゃつまらないよ。また、暴れて見せてよ?空回りする魔法使いほど面白いもの、ないから?」
「ギャッハハ!マジ、マジ受けたぜ!あれは、腹筋に来るぜぇー!」
アクスの笑う口はインディアンカヌーのような形になり、顔幅を突き抜けそうに横に伸びていた。
ジムは大声でわめき、だらしない口元からよだれを光らせていた。
悪漢達はじりじりと迫り、距離を開けようとするイラーザはライムを抱えたまま後ろへ下がる。
自然と、二人が芝居するのを観劇する客のような位置関係になる。
それ以上来るなと、イラーザは手を開いて前へ出す。
「私が…この子にかかる災禍を、全て引き受けます。だからこの子には、絶対に手を出さないでください!」
悪の観衆達の足が止まった。欲しい言葉だった。
聞いてみたい言葉だった。
皆顔を見合わせ、表情で悦びを語るが、ポールは更に弾けた。手を叩いて感動を示した。その目にはうっすらと涙さえ浮かんでいる。
「イラーザちゃーん!なんていい娘なんだ‼︎お父さん燃えるよー!いきり立って来ちゃったよー‼︎」
焚き火に照らされて赤く見えているわけではない。それ以上にポールは紅潮していた。全力で駆けた直後のように息も荒げていた。
「約束してください!私たちを他国に売る気なんですよね。いたずらに傷つける必要はないですよね?」
「…イラーザお姉ちゃん?」
ライムが不安気にイラーザを見る。彼女らの視線の高さはほぼ同じだ。
イラーザの目には、自分と違う意志の光が在った。覚悟を決めた冒険者の瞳をしていた。
「言ったね!イラーザ。君にもそんな心あったんだね。美しい!君は美しいよ!けどさ、僕たちとの約束って、君にまだ価値あるの?」
アクスは、感心したように目を見開いていた。
「悪魔だって約束を守るものです」
「お父さん約束するよー!」
「するする、俺もするぜ!」
「アッハハ!僕もするする!」
「少し下がってください。そしたら…さっきの続きを、します」
「おーーー!イラーザちゃん、最高ーー!惚れそーー!」
「お、お姉ちゃん…」
「あなたは目を閉じて、耳を塞いでいてください。大丈夫、あなたには、指一本触れさせません」
イラーザはライムを背に回した。涙に濡れた不安気な瞳を向ける彼女を、一顧だにせず悪漢達だけを睨みつける。
「ね…イラーザお姉ちゃん…」
「あなたも見たいんですか!私の貧相な身体を?」
ライムは射抜かれてしまった。意志の光に満ちた黒い瞳に。迷いの無い様に。とても抗えなかった。
イラーザに背を向け、そのまま耳に手を当てる。
「ああー、いーね!いいよーー!ドキドキして来たよーー!」
「ああ、上がるよ!君は最高だ、イラーザ!」
「うっひょうーー!」
イラーザは目を瞑り、一つゆっくりと息を吐いた。
そして、思い切ったように髪のリボンに触れる。
長い黒髪が風にさらさらと流れ、目を細めに開いた表情と相まって、彼女の実年齢が嘘でない雰囲気を男達は感じた。
イラーザはゆっくりと回転して、ライムの肩をつかみ、身体を入れ替えると、ドンと前方に突き飛ばした。
「そんなわけないでしょう」
人里離れた山の中に、乾いた声が響いた。
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