第113話
*岩山
「ウフフ、そうそう、若い魔法使いとか、めっちゃ高額らしいよね?」
「幾らだよ?」
「なんと、大金貨二十枚!」
「植物鑑定士はよ?」
「なんとビックリの、大金貨四十枚!」
「ギャッハハ!一生遊んで暮らせるじゃねーか!」
ジムとアクスは、焚火を見ているような角度に顔を向けているが、視線はイラーザに固定されている。
笑いを堪えようと、力が入りすぎた顔は歪に膨らみ、目は飛び出しそうに見開かれている。
焚火に煽られたか、血気が盛っているのか、彼らの顔は朱に染まっていた。
「一生は無理だなー。だが、家買って少女侍らすくらいにはなるぞー!」
締めくくったのはポールだった。イラーザは、三人のコントのような掛け合いを微動だにせず聞いた。
イラーザは揺らめく焚火を見ていた。
そうですか…そういう。
狙いもはっきりした。冗談めかしてはいたが、目的を言ってしまったのだ。彼らも後戻りはできないだろう。
わかってはいたがイラーザは会話を求めた。
「ちょっと待ってください。人身売買は法律で禁じられていますよね?」
「この国では売れないが、リッチランにルートがあるんだー。
イースセプテン、別の国の事だー。
向こうに、こっちのルールは効かないだろー」
ポールはイラーザの問いかけに、朗らかに答えた。彼には会話を楽しむ余裕があった。
「…私はクエストをギルドに頼みました。
ポールさん、それじゃ、クエスト失敗じゃないですか?」
「イラーザちゃんも冒険者なんだろー。よく考えたー?
クエストって、そんなに重要かー?」
ここでイラーザは自分の考え違いに気が付いた。
そうだ。それほど重要じゃなかった。
とても敵わないようなモンスターに襲われ、護衛の任務を放り出して、命からがら逃げだす。
不名誉な事だし罰則もあるが、そこまで責められる事ではなかった。
そうだった。必ず自分の命まで懸けろとは言われない。
ギルドに叱責され、ペナルティーを受けるだけだ。
「イラーザは、随分まじめな冒険者だったんだね?クエストを発注しますって言われた時、皆で笑っちゃったんだよ。ウフフ…」
アクスが口に手を当てて笑う。
「それに、違う国に行けばどうだー?
実は俺たちはなー、実はリッチランのギルド所属なんだ。
クエスト中なんだよー?
仕事は、ガンドル王国の能力者の拉致だー」
イラーザは体調のせいか、ショックを受けたためなのか、ゆらゆらと視界が揺れ出していた。
真っ直ぐに切り揃えられた髪の毛から、丸く覗く額に玉の汗が浮かぶ。
「でもよ、ポール。ヨウシに近寄れなくなんのは、まだ困るよな。まだまだ稼ぎてーからな」
「そういうわけだからさ、イラーザ。後でクエストの解除をして貰うね。一筆書いてね?」
焚火越しのアクスが、体をひねった。俯いているイラーザの顔を伺う。
炎の間からイラーザが見た彼の顔は、見開いた眼を血走らせ、口元に張り付いた笑みは化け物のように歪んでいた。
どこにも美男子に見えた片鱗はない。
アクスは続ける。口先をすぼめ、高音にして赤ちゃん言葉で語りかける。
「わたちの都合により、旅程の変更を願いまちた。直筆で書いてちょ?」
「ギャハハ…」
「はっは…」
焚火の向こうから忍び笑いが聞こえる。彼らにはよっぽどこの展開がおいしいのか、あっという間にカップを空にしたようだ。
「おっと、もうねーわ」
「俺にもくれー」
「ハーイ。あわてないでー」
彼らは和気あいあいと二杯目のワインを注ぎあった。
イラーザは見たくなかった。視界の中心に彼らを入れないようとしたが、それは難しかった。彼らの視線が彼女から外れることは無かった。
仕方なく引き伸ばしの会話を継続する。
「…ライムのクエストはどうしますか?
こんな純朴な少女を残して、男達だけ帰って来たら街中から袋叩きに合いませんか?」
「ライムちゃんはなー、クエストの契約をしていない。ボランティアなんだー。親切心から連れて来てあげたんだー。親に泣きながら謝れば、きっと済むよー」
ポールは明るく朗らかに答えたが、彼の目は薄く開いていた。弓のように弧を描く細い目は、生贄を見る目だった。
もう、人懐っこい笑顔の男ではない。
ジムも醜悪な顔をしていた。だらしなく開いた大きな口、唇をべろべろと舐める大きな舌。人前で見せる顔じゃなかった。
今が愉しくてしょうがないんだろう。人一人の、人生を手玉に取った。その抑えがたい歓喜が、彼らの顔の皮膚を突き抜けて現れていた。
イラーザは、とうとう彼ら全員の顔を見てしまった。
「そうだー、イラーザちゃんの勝手な行動のお陰で、ライムちゃんが行方不明になったってのはどうだー?」
「いや、コイツが、ライム攫って逃げたことにしようぜ!」
イラーザは決断した。
もうだめだ。これ以上冷静な顔をして聞いてはいられない。彼らが軟化することも、説得に応じることもない。
戦うしか逃げ道はない。
チャンスは今だ。この配置はよく考えたら絶好のチャンス。焚火の炎と、集められた薪を利用すれば、私のファイアでも三人同時に屠れる。
屠れるは大げさだけど、暫く、戦闘力を奪えるはず。今やるしかない。
二重詠唱に成功できれば……きっと。
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