第112話


*岩山


 イラーザは瞬間に緊張したが、気取られぬようにそっと視線だけを向ける。


 彼女を取り囲むように男三人は座っていた。真ん中にポール。右にジム、左にアクス。炎に照らされているのに何故か、三人の表情が見えなかった。

 

 

 切り立った岩肌は壁のようにそびえ立ち、そちら側に逃げ場はない。モンスターの襲撃から守るためだ。そういう陣形だ。


 イラーザは自分にそう言い聞かせるが、もうそんな風に思えなかった。

 

 取り逃さないための…配置だ。


 

 ジムの発言から、場の雰囲気が一変したのである。



 男達は黙り込み、視線を微妙にイラーザに絡ませている。


「…モンスターの襲撃が、あるかも知れないぞー」


 イラーザには、そのポールの声も一段トーンが低く聞こえた。トレードマークの笑顔が感じられない。



「ここでキャンプしてて、今までなかったじゃない。いいんじゃなぁい。ダルク達も、もうじき来るしさぁ?」


 アクスの声には、なにか笑いを堪えるような気配があった。

 その言葉に、リーダーのポールは応えなかった。それを承諾と取ったのか、ジムは袋からなにやら取り出していた。


 それはワインのようだった。無言のポールが空のカップを向ける。


 アクスも、飲んでいたお茶を捨て、カップを開けた。


「ヒッヒ…」

「おっと…」

「ウフフ…」


 忍び笑いを漏らしながら、三人はワインを注ぎ合う。この間、イラーザには何の説明もなかった。


 最早、疑いのないような場面にイラーザは一人でいた。



 クエスト中に酒を飲む冒険者はいない。ましてや未開の荒野でのキャンプ中にはあり得ない。


 お酒なんか飲んでて、大丈夫なんですか?ダルクって誰ですか?

 イラーザは、とても聞けなかった。


 その瞬間に、彼らの仮面が剝がれてしまう気がしたからだ。


 いずれその時が来るのだとしても、なるべくこのままでいたかった。



 そして彼女は体調の変化を再認識する。


 息苦しかった。視界も何かぼんやりしてきている。少し前から、調子が悪くなっていたのだ。

 ライムの自宅で味わった変調とは違う。明らかに体調が悪かった。


 イラーザは振り返る。

 あの洞窟を抜けた後から。いや、あの時はそれ程でもなかった。


 この場所についてからだ。ライムがもう休むと言った時、本当は私も一緒に休みたかった。



「イラーザは胸小せーよな、何カップなんだよ?」


「はっはっは、イラーザちゃんにカップは要らないだろー」


 ジムの質問にポールが返した。イラーザは拳を握る。いつもなら舌打ちをして席を立つところだ。少し、逡巡してから返す。

 


「…アハハ、お父さん。娘のように思っているんじゃないんですか。

 とんでもないセクハラですよ?」


 冗談で収めようと、彼女にしては精一杯の会話スキルを使った。


「わっはっはっは!いいな、セクハラかー!お父さん、娘にセクハラしたかー!夢が叶ったなー」


 イラーザは未だに、そんなわけはない。という思いではいた。

 だが、鈍る頭を無理矢理働かせ、素早く最善の逃走ルートを探してもいた。


 だが、解答は簡単に出た。


 彼らの戦闘能力からして逃げ道はなかった。頭が冴えていても答えは同じだっただろう。

 彼らは壁に向かい、三角形を作り出している。やはり逃げられない陣形だ。


 イラーザはそっと彼女の方に目を向ける。

 あの天然を、どうしたらいいのでしょう。


 彼女を連れて逃げ出すなんてまさしく不可能だった。やはり、なるべく穏便に過ごし、チャンスを待つしかなかった。


 イラーザはもう、炎の先に居る彼らの顔を見ることができなかった。

 醜悪に歪んだ表情を見てしまったら、見せられてしまったら、終わりだと考えていた。

 

 だが彼らは、早く死刑宣告を、ここが死地である事を、一刻でも早く彼女に教えたいらしい。


 ジムが大きな口を開く。


「なあ知ってっか、イラーザ。覚醒者ってよ。とんでもない高値で売れるってよ?」





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