第110話

*仙人の洞窟


 洞窟内は何か不思議な雰囲気に満ちていた。

 

 青黒い透明度のある結晶的な岩盤に覆われていて、それらがほのかに光を放っているので、明かりを持たずとも先を見渡せるのだ。

 

 坑道内は狭く、大人二人が横になって歩くのがやっとの大きさだ。天井の高さも、体の大きなポールの頭が届きそうなくらいに低かった。

 


 ここには大した魔獣は出ないという噂だが、イラーザは狭くて通れないのではないかと思っている。


「うわー、きれー!ねえ、見て見て、私の手青いよー!」


 ほんのりと結晶の青に染まった世界で、ライムがはしゃぐ。彼女の顔も髪も青く見えている。


 その時、真っ黒な影がほんのり明るい青の鉱石を横切る。

「黒針蜥蜴だ、気をつけろー!」


 先頭を行くポールが盾をぶつけて、小型モンスターの行く先を遮る。

 大きさは六十センチ程、背筋を中心に、その全身がとげに覆われている。



 光る壁が逆光になっていて、イラーザたちには、それの立体的な形がよくわからなかった。


 漆黒の影がそこここに現れ、音もなく移動して来る。

 時折、赤い目が光ることで、彼らが陰でなく、実体を持っていることがわかる。


「松明をつけろー!」

「おいよー!」


「黒針蜥蜴?」

「ああ、触んじゃねーぞ。猛毒を持ってっからよ」


 ジムは手早く荷物の中から松明を取り出す。油を含んだ燃えやすい木材の先端を潰して、燃えやすく加工してある。


 着火棒を金具で擦るとバリバリと火花が上がり、オレンジの炎が燃え広がった。


 松明の明かりが灯ると、洞窟内の青く光る石壁は不思議と透明度を無くし、黒く沈んでしまった。


 光に照らされた黒針蜥蜴はその体表の艶で立体を示した。背筋に沿って三列に剛毛のような針が、尾の先まで並んでいる。

 

 アクスも松明を用意しながら補足する。

「こいつに打撃はだめなんだよ。飛び散った体液も毒なんだ。触れたら五分で皮膚がただれ、痺れて動けなくなっちゃうんだよ」



 イラーザは汗する。マズーのダンジョン辺りでは聞いたことのない危険なモンスターである。


 手にしていた杖を胸に抱く。反射で殴りつけてしまっては惨事だ。だが、恐れながらも考えた。魔法は通用するはず。


 アクスは松明を二つ灯し、一つをポールに渡す。


 

「座り込んじまったら終わりだぜ。天井から大量に飛び降りてきて、そこらじゅうを毒針で刺されちまうんだ。


 後はただれて柔らかくなった肉を、群れ成したコイツらにチューチューペロペロとゆっくり頂かれるってわけだ」


「ジムー、やめないかー。だからおまえはモテないんだぞー!」

「チッ、なんだよ、別にモテたかねーよ!」


 ライムは恐怖で硬直した。その肩をつかんで、アクスが引き寄せる。いつの間にか彼女の背後に迫っていた黒針蜥蜴に松明を向ける。


 ジュッと焼ける音がして影は飛び退った。彼女が目を向けると、いつの間にどこから集まったのか、床一面に黒い影が集まっていた。


「きゃあーーーーーー!」


「大丈夫だよ」

 アクスは腰を下ろしてライムに目線を合わせ、優しく微笑んだ。ライムの震えが収まる。アクスは優しく頭を撫でた。


 彼は余裕を見せることで安心させているのだろうが、イラーザはライムに身を寄せ自分の方に引き取る。


 カッコつけてる暇があったら、さっさとやっつけてください。私を守ってください。洞窟を火事にしますよ。



 イラーザの怯えが見えたのか、ライムが励ます。

「大丈夫だよ、イラーザお姉ちゃん。みんな強いんだから」


 …さっき、悲鳴を上げた人が言わないでください。


 イラーザは確かに怖がっていた。ジムの言った、黒針蜥蜴にやられた人間の末路を、持ち前の想像力で緻密に脳裏に浮かべてしまったのだ。そしてこう思った。


 それは、闇の者に相応しい最後なんじゃないかと。


 

 ポールが盾と松明で道を切り開いて行く。ジムが乱暴に松明を振るい、残りを片付ける。

 そしてアクスが、岩の隙間に隠れた打ち漏らしを始末する。


 不快な音と匂いが洞窟内に籠った。

 

 出口の明かるさが見えた時、二人は心底ほっとした。

 

 


 洞窟を出てしばらく進んだ場所で休憩となる。少し森が開けていて、具合の良い倒木があった。二人は並んで座り、足を投げ出した。


「はああぁ…」

「ふー…」

 

 二人は魂の清浄のための深呼吸を繰り返す。


 ふと見るとアクスとジムが忙しなく働いていた。倒れた針葉樹の枯れ木を見つけ、伐採して加工し始めた。


 ライムは、サッと立ち上がってそれを見学に行く。イラーザはそれを年寄りのような視線で見送る。

 見た目だけではなく、若いのですね。

 


「アクスお兄ちゃん、何をしてるの?」

「松明をね、作ってるんだよ」

 

「へええ」

「使ったら補充しておないとね。こうして先を削いで、潰して乾燥させて、火口を挟んでおけばすぐに火がつくのさ」


「すごい。自分で作るんだね。冒険者は本当にすごいね!何でもできるね!」


 ライムは子供らしい、好奇心に満ちた瞳をキラキラと輝かせた。


「私、アクスやジムみたいな冒険者になる!」


「おお、そうか!」

「ライムなら、きっと僕らより立派な冒険者になれるよ」

 


「おーい、なんだよー。俺はだめなのかー?」

 少し離れた所で作業していたポールが不満げな声を上げる。名前が出なかった事に不満があるようだった。


「ポールさんには、年を取ってからなります!」

「おほっ!」

「アハッ!」


「ライムちゃん、うまいなー!こいつはおじさん、一本取られたなー」

「あははは」

「ギャハハ」


「………」


 最高の休日を過ごす、ファミリーの休日のような様を、その場に似合いの笑顔を無理矢理作り出した少女が見ていた。


 いくらなんでも嘘くさいんじゃ…。


 いやいや、今のはあり得る会話でしょうか…。

 さっきの方が酷かった。


 困った。私は捻くれているから、普通がわからない。

 




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