第109話

*森林


「ね、天使みたいな子でしょ!」


 ライムの後光から、逃れようとするイラーザの心を読み取ったわけではないだろうが、アクスが一歩前に出て笑いかけた。

 


「そんなライムだから、神様もギフトをくれたんだろうぜー」


 先頭から、笑顔のポールがのんびりとした声をかけて来る。

 斜めに光を差す木漏れ日が、彼の背中を時折光らせていた。


 同じ木漏れ日が差す道を歩くライム。世の中全てに感謝の瞳を向け、薄く緑に光る銀色の髪、緑色の瞳、正に森の妖精そのものだった。

 

「ここまで連れて来てくれた、ポールさん、アクスお兄ちゃんたちのお陰です」


「ウフフ、僕なんて何もしてないよ。ライムちゃんの勇気が、皆を救うんだよ」


「勇気ですか?」


 ライムは自分と関係ないと思われる言葉に怪訝な顔をする。

 ジムは一歩前に踏み出して大きな声で語る。


「そうだぜ、街の大人だって洞窟の先に行こうなんて思わねえ。奴らにはそんな度胸はねえーよ。ライムは勇者だな!」


「えっへー!」

 


 イラーザは表情を無くしていた。何故か彼女には木漏れ日が差していなかった。影の沈んでいる。

 まさかあの乱暴者までが…天然しかいないんですか、むず痒いです。笑顔が笑顔を呼ぶって…。恐怖です。


 苦しいです。眩しすぎて干からびそうです。やはり私は闇の者でした。早く仲間のトキオさんと合流したいです。このままでは漂白されてしまいます。

 


 ガサリ。


 深い藪の奥から音がする。

 キラーエイプが現れた。


 キラーエイプは猿型のモンスターである。異様に太い腕を持ち、脚は短い。茶色い獣毛に覆われた、顔は血液のように赤い。普通、二、三匹の群れで行動する。


 ここまでの道のりで、イラーザ達の前に現れたモンスターの中では、一番大きな躰を持っていた。


 荷物を落とす音と同時に、若者二人は即座に動いていた。


 ジムは前に飛び出し、長剣を抜き低く構える。アクスは二人を庇うようにして、ポールの前に誘導する。その手にはすでに短剣が握られていた。

 


 初めて見た大型のモンスターに、ライムは慄き、腰砕けになり、イラーザの身体にしがみついた。

 だが、ライムの方が少し大きいので、さっと見た感じでは、イラーザが彼女に庇われているようも見えていた。

 

 最初に現れた個体が、猿のような奇声を上げてジムに襲い掛かる。彼は素早く身をかわし、すれ違いざまに脇腹を切りつける。

 傷が浅いのか、キラーエイプは構わず、イラーザとライムに向け突進して来た。


 やはり獲物に選ばれたのは彼女たちであった。

 

 アクスが飛びあがり、空中で一回転して放物線を描いた。

 彼は、体重を乗せた短刀をエイプの首元に深々と刺していた。



 二頭目、三頭目が同時に側面から現れた。

 予想済みだったのか、ジムが二頭目の前腕を薙いだ。バランスを崩し斜め方向に転がっていく。


 ガツンと衝撃音がする。仲間がやられても突進を止めなかった三頭目を、盾でがっちりとポールが受け止めている。

 いつの間にかポールの肩に乗っていたアクスが、飛び込み前転のように回り、モンスターの後ろに着地する。

 モンスターの後頭部からアクスの方へ血が糸を引くように飛んでいた。


 野太い吠え声が聞こえ、ライムがそちらを見ると前足を失ったエイプが血を吹きながら襲い掛かって来る。



 それにはジムがとどめを刺した。茶色の獣毛から銀の剣がのぞく。

 ドサリとエイプは崩れ落ちる。

 

 イラーザも一応、戦闘の準備はしていたが、まるで必要なかった。


「イラーザちゃんは落ち着いて見てればいーさ。君らは護衛対象なんだ。俺たちはプロだよー!」

 ポールが人懐っこくニカッと笑う。イラーザも一応笑顔を返した。


「皆さんとても上手に連携が取れていますね」


 その時、イラーザの服につかまったままライムが崩れ落ちる。

 肩が半分覗いたが、イラーザは脱げます。やめてください。とは言わなかった。


「大丈夫ですか?」


 アクスが様子に気付きいち早く駆け付けた。腰を落として、ライムの肩を抱いた。ガクガクと震える彼女を慰める。


「大丈夫だ。大丈夫」

 ライムが涙に濡れた深緑の瞳をアクスに向ける。


「ごめんなさい。泣くなんて…。私怖くて…」


「ライム、安心しなよ。僕の命に代えても守ってあげる。約束するよ。絶対に君を街まで無事に送り返してあげるから」

「あんな…モンスターがあんなに大きいなんて、アクスは怖くないの?」


「怖くないことはないよ。敵は凶暴なモンスターだ。でもね、これが僕たちのできることなんだよ。つまらない能力だけどね。今はライムを守れる力になっていることが、嬉しいんだよ」


「ありがとう、アクスお兄ちゃん。でも、だめ。命に代えるなんて言わないで」


「僕にはね、君の命の方が、貴重に思えるんだ」

「アクスお兄ちゃん…」


 二人の会話を横顔で聞きながらイラーザは心で呟く。


 今晩のご飯はなんだろ?

 

 

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