第106話
*お屋敷
極めて普通の応接セットにイラーザは座っている。特別豪華な気配はない。
質素である、とすらいえるソファに座る、対面のライムの父親に目を向けた。
背が高い、年齢は三十代後半、スマートな男だ。髪はごく薄い茶色。眼鏡の奥の瞳が優しい。世の女子の、理想の父親像を地でいっている雰囲気がある中年男である。
その隣にはライムの母親が座っている。
母親はライムより若干、色が薄いようだけど同じ髪色をしている。瞳は同じ色だ。
ニコニコと柔らかな笑みを浮かべている。
執事のウエハスは、この部屋までイラーザを送ると恭しく一礼して去って行った。
イラーザは思った。あんなキャラが濃いのに脇役なのか…。
小さなテーブルを挟んで、イラーザとライムは座っている。
イラーザの実力がいかに高いか発表する、ライムの講演会が先程終わった所だ。
それは、。ポール達から聞き及んだと思われる話であった。
イラーザは思う。
やっぱりおかしいです。大体、なんで私が一緒に行くから大丈夫的な展開になっているのですか?
私は優しいからなのですか?
会話は、ライムが私を採集に行かせてくださいと、父親に頼んだところを最後に途切れていた。
「お願いお父様、私を採取に行かせて!」
今一度ライムは同じ言葉をぶつける。
「本当に大丈夫なのかい。冒険者と…山向こう、洞窟の向こうに行くなんて…」
ライムの父親、オランジェはやっと重い口を開いた。
「大丈夫だよ。お父様が言っていたじゃない。人を職業で見てはだめだって。
とても優しい人たちなのよ。ね、イラーザお姉ちゃん」
「そうですね…私も助けてもらいました」
イラーザの、その声はとても小さかった。耳を澄まさなければ聞こえないくらいだ。発言に責任を取る気がないのだろう。
「ほら、コロが病気になった時、近くの山に付いて来てくれた人達なのよ!
毒消し草を探すのを、危ないからって、見守ってくれたの」
既知の話だったようで、オランジェは頷いた。
「そうなんだね。彼らがあの時の…。でも、私はお礼を言いたかったのに君は教えてくれなかったじゃないか」
「だって、アクス達が嫌がったのよ。お礼が言われたくてしたことじゃないって。
犬のために薬草を取りに行こうとする子供を、放っておけなかっただけだって。
ただ、それだけだからって…」
「立派な考えの、方々なんだね」
「その時ね、モンスターをやっつけるのも見たわ。みんなとっても強いのよ!」
説得にかかるライムに、気の優しそうな父親は押され気味であった。
「ライム、どうだろう。私の折衷案を聞いてはくれないかな」
「せっちゅうあん?」
「お互い譲歩して作り出す新しい考えだよ。
私の考えは、私が選んだ護衛を連れて行ってくれる事だ」
「そんな…、そんなの私、恥ずかしい」
「なんで恥ずかしい事があるものか。どうしてそんな…」
「だってそれ、きっと私が取って来る薬草より、お金がかかるんじゃない?
そんなじゃ…」
ライムは俯いて言葉に詰まり、下唇が出そうになっている。
娘の言いたい事を理解して、オランジェは苦渋に満ちた顔をする。
確かにそれでは本末転倒だ。イラーザも思った。
「しかしな…植物鑑定のスキルを持っているといっても、ライムはまだ十二歳だぞ」
「お父様、私に出来ることなの。本当に危ない所までは行かないわ。約束する」
「しかし一度、出発してしまえば…嫌になっても、すぐには帰って来られないんだ。
私たちだって、すぐには…助けにも行けないんだよ」
「そこには貴重な薬草が生えているんだって。私には見つけられるのよ」
「でもなあ…」
「お腹を空かした子がいるの、私より小さな子なの。私はそんなの知らなかった。すごく…恥ずかしかった。…アクス達が教えてくれたのよ」
両手を、揃えた膝の上で結び。目に涙を溜めて、訴えるように緑の瞳を向けるライム。涙は今にも溢れんばかりだった。
父親のオランジェは娘の純粋さに翻弄されてしまう。
最後は怒鳴ってでもご破算にしてしまおう。そう思っていたのに。次々と出て来る美しい想いに、拒絶の言葉が出せなかった。
だが、彼も商人だ。情で簡単に流されたりはしない。許諾する気はなかった。最大限に譲歩して、四年後の成人してからと言い渡すつもりだった。
にこやかに様子を見ていただけのライムの母親が、ここで口を開いた。
「あなた、行かせてあげましょう」
拒絶を決めていたオランジェだったが、ライムそっくりの容姿の母親が、迷いもなく微笑むのを見て、考えを変えたようだ。
彼の妻はいつも言う。心配ばかりしていてもしょうがないでしょう。
オランジェは一つ息をついてから、すっきりとした笑みを娘に向ける。
「ライム、私はね…お父さんはおまえを誇りに思うよ」
門の外まで見送りに来たオランジェが、イラーザに頭を下げる。
「イラーザさん、どうか、娘をよろしくお願いします」
簡単に任せてくださいと言わないのが冒険者です。それに今回、私は客ですよ。お嬢さんの警護にはまるで関係ないです。
喉元までそれが出ていたが、イラーザはそれが吐き出せなかった。
「まあ、見ておきますよ。あんな珍しい子が減ったら、この世のバランスが崩れそうです」
皮肉めいた、ふざけたことを言ったつもりなのに、イラーザは商会の長と言われる市の有力者に両手を恭しく握られ、頭を深々と下げられた。
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